その四、手ほどきは殺人者の手によって
今夜の演奏発表会は、まず、リュートを演奏したい希望者を募って四人ずつのチーム分けをすることから始まった。
もちろん私は聴くポジを死守しようと思ったが、私をどうしても結婚市場のお値打ち品の棚に並べたい母によって、一瞬で希望者なんてものにされた。
リュート演奏希望者は、これが目当てだったのではと疑いたくなる面子、つまり、若い独身男女ばかりの十六名が選出された。
夜会に出ている若者の中での、選ばれし戦士ってところかしら。
私以外の十五名は、まあなんて麗しいのかしら、という方々ばかりで、私は物凄く居心地が悪い。
無理矢理そこに捻じ込まれた私の好感度など、上がるわけ無く駄々下がりよ。
ほら、四人ずつ四つのグループに数人ぐらいの取り巻きが付いたりしているけれど、私達のグループの後ろで見守っている人達の嫉妬の目や当て擦りのさざめきは、全部私に向けられているじゃないの。
もうどこからどこまでも、結婚を意識した恐ろし会なのね。
あ、弦が変な音をがなり立てた。
「エバンシュタイン嬢、君はピアノの方が得意なのかな?」
「あら。ミゼルカ様はピアノは全然だと聞いてますわ。リュートの方がお得意なのですわよね。どんな演奏をされるのか、わたくしは期待ばかりですわ」
私は、あからさまにカート・ハインリッヒ狙いのご令嬢、ケイトリン・アベルタに微笑み返した。
艶やかでただでさえ美しい白肌をさらに煌かせているのは、彼女の髪がはちみつみたいな金色だからであろう。
わお、瞳の色は星の輝きのような綺麗な青色よ。
地味な私と輝けるあなたでは見た目からして違うのだから、どうか私を虐めるのはよしてちょうだい。
「わお、君がリュートが得意なんて素敵な情報だ。今日は緊張しているのかな。それとも、明るすぎて指先が見えなくなったかな?」
ほら、殺人者が良い機会だと私に近づいてきた。
ついでに当て擦りもしてきたじゃ無いの。
殺人現場を見てましたと認めたら、私は彼に殺されるのよ!!
「ハハハ。君がいるからだよ、カート。女性は君を前にすると別の世界に行ってしまったかのようになる。羨ましいばかりだか、モテない僕には悲しいばかりだ」
癒しの御仁、ポール・コンラート様!!
彼はカートとケイトリンが私に絡むたびに間に入ってくれるどころか、ヘタをすればギスギスするだけのこの場を和ませてくれるのだ。
さらさらとした清潔そうな薄茶色の髪は飴細工のような輝きで、微笑む目元にはミント色の綺麗な瞳が輝く。
なんて素敵な人だろう。
「コンラート様がモテないなんて、それこそ大嘘ですわ。でももしかしたら、コンラート様を取り合う女性達が裏で大戦争をしているから静かなのかもしれませんわね」
「僕が知らない間に、僕の知らない場所で死屍累々?」
「女殺しですわね」
ポールは笑いを弾けさせた。
そして目元の涙を拭うと、何故か私に手を差し出した。
「では僕のパートナーになってくれないかな?僕達は一抜けでダンスや食事を楽しむだけの負け犬になろうか」
「素敵!!」
私はポールへと手を差し伸べたのだが、その手がポールの手に乗せ上げられる前にパシッと横から弾かれた。
ケイトリンじゃない。
私の手を弾いたのは、私が逃げ出したい男でしかないカートさんである。
「何か?」
カートは目元だけ笑っていない笑みを私に向けた。
その目は、殺すぞ?とか言っていらっしゃる?
侯爵家の娘を長くしている私は、思わずカートを睨み返してしまった。
あ、普通に笑った。
「やっぱりイチゴドリだ」
む、むうううう。
ぶーんと虫みたいな羽音を立てて飛ぶ、あの狂暴で可愛らしさのない顔をした、あの赤い小鳥ですって?
「あ、睨んだその顔、ますますそっくり」
!!
「カート、邪魔しないでくれるかな?君はより取り見取りなんだ、僕のせっかくの信奉者を僕にエスコートさせてくれ」
「すまないな、ポール。このお嬢さんの見守りは俺が殿下に頼まれてもいるんだよ。くれぐれも一人でお遊びに行かないように見張ってねって。ご覧の通りのまだまだお子様だからね。俺の目の届かない所に行かせたくない。ほら、目を離した隙にいけないものを口にしちゃ大変だろう?」
「拾い食いをする一歳児ですか!!」
「まあまあ、エバンシュタイン嬢。カート、僕が彼女を見守るよ。それとも君は僕こそ信用できないのかな?」
「君を信用しないわけ無いだろう。君は伯爵様じゃ無いか」
あ、ケイトリンの瞳がキランと光った?
代わりにポールがむっとした顔をした?
「失礼な奴だな。では、リュート練習を続けようか」
「え?一抜けをしないのですか?」
「しない。僕はただのモテないポールでいたかったのに、僕の身分をばらした彼のせいで僕は伯爵様として君に振舞わねばいけなくなった。今夜は悲しくリュートを弾く事にするよ」
「伯爵様でもポール様はポール様でしょう?変わりますの?」
「そうですわ。ポール様が伯爵様でも私達にとって変わるはずないでしょう」
珍しくどころか初めてケイトリンが私に追従し、今まで女性間で諍いが起きないように話題を振っていたポールこそが私に向けて皮肉そうな笑みを返した。
意味が分からないと私が首を傾げると、ふわっと私の上に影が落ちた。
私の横にカートが立っていたのだ。
「ふえ!!」
「鳴き声はフィンチよりもグースだな」
「失礼ですわね」
「いいから、リュートをちゃんと持って」
「あなたが教えて下さるの?」
「俺がリーダーだからね。俺はどんな戦でも勝利を望むんだ。それに君がリュートが好きなのは真実だ。ならばこそ、素晴らしき音を自分が出せた方が楽しいだろう。俺はなかなかの名手なんだよ」
「では、教えてくださいな。良かったわ、これで思い残すことなどありません。私のお葬式のその日に、お亡くなりのこの子のドの音は最高だった、という弔文をあなたはきっとお書きくださることでしょう」
ぶっとカートは吹き出すと、彼はそのまま紳士らしくない笑い声をあげた。
さすが最近騎士称号を得ただけの、たたき上げの庶民出身者。
だが、その笑い方に下卑たところなどあるどころか、好ましいとも言える清々しい笑い声でもある。
殺人者でなければ。
「さあ、教えてくださいな」
「喜んで、イチゴ鳥姫」
私は反射的にカートの脛を蹴っていた。
ああああ、殺人者の脛を。
「いたずらっ子」
カートはリュートを抱いて椅子に座る私の真後ろに立ち、私を捕らえた。
いつでも殺せるという風にして?