その三十一、不沈艦は小鳥に穴をあけられて沈んだ
姉達の粗相を取り繕うには何が必要か。
普通にミゼルカに拒否されるだけならば、まだ彼女が幼いだけなのだからと無理強いせずに俺は引き下がっただろう。
ここで完全に拒否されてしまうよりも、彼女の成長を待てば良いだけの話だ。
しかし、侯爵夫人を怒らせたのであれば話が違う。
姉達は社交界から締め出しを喰らう事の意味を知らない。
社交界は単に男と女がダンスや疑似恋愛をしてふざける場所ではなく、仕事の取引先などの関係を作る場であるのだ。
つまり、社交界で締め出しを喰らえば、銀行取引も信頼性が無いとして引き上げられ、商取引などできない状態となる。
俺の関係したもの全て、誰もが手を引くという事になるのだ。
アレクシアの店など簡単に潰れ、ブリュンヒルデの夫の論文は学会で発表できなくなるだけでなく大学を追われ、カサンドラの小説を買ってくれる出版社など一つもなくなる。
だが、俺がミゼルカを誑し込まずに戻ろうとしたのは、なぜか。
結局は俺も姉達と同じ性分だっただけである。
俺を跪かせて俺を飼いならしてやると、クラーラ達の笑いさざめく声を聞き、飢え死にしようが絶対に膝を折るものかと決意したのだ。
なのに、その決意も今は無い。
クラーラに怒りも無い。
なぜかは、天使を拾ってしまったからである。
ミゼルカは俺の姉達よりも幼く純粋でありながら、姉達が思っていたようなクラーラのお人形では無かったのである。
なんと彼女は俺を助けようなんて考えた。
彼女がクラーラ達に昼寝と偽って部屋から飛び出した理由が、俺達の円満な婚約不成立が出来る相談をしにクロイッツェラー様に会いに行くためである。
つまり、円満な婚約不成立ならば俺を窮地から助けられると考えて行動を起こしてしまう、公正で心優しいだけでなく勇気のある子だったのだ。
俺の姉達に侮辱されていながら、社交界から締め出される俺のその後を知ったからと、俺を助けるために動くとは。
なんて可愛らしい!!
そしてそこまで俺の為にするくせに、俺とは結婚できないと言い張る。
それはなぜだと問い詰めれば、英雄の俺との結婚式が派手になりそうで嫌だから、という返答だ。
実際は、パレードが嫌、であるので派手な披露宴は歓迎かもしれないが。
いや、俺だってパレードは嫌だ。
だからこそ、ミゼルカだ。
ミゼルカと結婚してもらう条件が、パレードをしないこと、と押しきれる。
凄い天使だ。
ただしパレードと聞いた時は、船が沈没した理由がキツツキに穴を開けられたから、そんな間抜け話を聞いたような虚無感に襲われた。
実際、かなりの攻撃力だったと思う。
彼女が俺との結婚を嫌がるのは、結婚式でパレードさせられそうだから。
それだけ?
俺に散々揶揄われたり脅えさせられた事を、彼女は覚えていないのだろうか。
こんなに警戒心などが無くて、彼女は寿命を全うできるのであろうか。
心配で俺の方こそ寿命が縮みそうだ。
けれど俺はこのミゼルカを、このままにしておきたい。
ではやはり、俺こそが彼女の伴侶となって、この危なっかしい天使な彼女を見守るしかないだろう。
「お供してくださるのは結構ですが、カートはお馬に乗れますの?」
「喧嘩を売ってますか?」
「いいえ。尋ねただけですわ。修道院まで歩くには遠いですもの。あなたがお馬に乗れるならお馬で行きましょう」
「良いですね。俺はすぐ馬を飛ばしてしまいますから、落ちないように俺にしがみ付いているんですよ」
「あら。私は一人で大丈夫です。それから内緒のお出掛けですので、我が家の馬車用の馬を使います。あなたは裸馬に乗れまして?」
俺は天使が何を言い出したのかと、もしかして別の人間の話し声が耳に入ったのかもしれないと、周囲を見回した。
とりあえず俺とミゼルカはすでに建物から外へと出ており、今や誰に見咎められてもおかしくないホテルの敷地内を厩に向かって歩いているが、俺達に注目している気配どころか周囲にはさしたる人影も見えない。
これは幻聴の方かもしれないな。
深窓のお嬢様が裸馬に乗れるはずなど無い。
「やはり。鞍なしでは乗れませんのね。歩いて行くことにしましょうか」
「いいえ。出番を待っている俺の愛馬がおりますので、それで行きましょう」
「では、私は我が家の馬を使いますね」
「俺があなたを運びますよ?」
ミゼルカは数秒だけ俺をじっと見つめたあと、偉そうに顎をあげ、なんと俺に喧嘩を売ってきた。
「ワーレンおじ様が、自分が認めた乗り手以外と絶対に二人乗りするなと、申しておりましたの。私はおじ様からあなたの名前を聞いた覚えはありません」
「……俺は一応軍人だ。ご婦人だけでなく負傷兵を抱いて戦場を馬で駆けた経験だってある。ぜったいに君を落としはしない」
「でも、ワーレンおじ様は、馬に絶対はないって」
「そのワーレン。誰ですか?俺が話を付けますよ?」
ミゼルカは可愛らしく小首を傾げると、子供のように答えた。
言葉の内容は可愛らしく無かったが。
「お父様の親友のワーレン・ミッテンヴァルト様よ。私にお馬の乗り方を教えて下さった方なの。無理矢理私を馬に乗せる男の人がいたら成敗してしまうぞって、ワーレンおじ様はおっしゃるのよ」
俺は笑顔を作り、生まれて初めて妥協案などを提案していた。
仕方がないだろ。
彼女は俺と二人乗りは絶対にしそうにないし、俺はワーレンおじ様に成敗されたくはない。
全く、陸軍の伝説の騎馬兵にお馬の乗り方を教わったお姫様がいたとは!!
「君が俺の馬に乗り俺がその横を歩く。それはどうだろう?」
いざという時に手綱も無く制御が難しくなる裸馬にミゼルカを乗せるわけにもいかず、俺の愛馬に彼女を一人で乗せてしまうのも危険だ。
馬に絶対は無いのは、森ど真ん中野郎に俺が教えを乞うまでもない。




