その三、夜会に逃げ込め目撃者
私は夜会の為のドレスを着せ付けられながら、あの男の毒牙からどう逃げ延びるべきなのかと、必死に考え続けていた。
「昼間のあの男性。本当に何事も無かったのですね?」
「本当に反省してますわ、キリア。でも、キリアこそ浅はかでは無くて?あんな初対面の男の人に大声で私の名前を言っちゃうだなんて」
「お嬢様?あの男が無体な事を考えていましたら、お嬢様がエバンシュタイン侯爵家の者だと知らしめることで釘をさせるのでございますよ」
「悪い男だったら、侯爵家の娘を攻略しよう、なんて考えるのでは?」
「お嬢様はやっぱりお子様です。結婚の申し出をする時には、お嬢様が嫁ぎ先に持っていくであろう持参金に見合うお金や身分を差し出せねばいけません。できずにお嬢様の名前を汚すだけならば、社交界で抹殺されます。お嬢様のお父様、侯爵様が直々に」
私はひょろっとした貴族的そのものの父を思い浮かべ、大男だった昼間の男をそこに並べて、無い、と一瞬で確信していた。
父があの男に勝てるはずはない、と。
「社交界を何とも思っていない相手でしたら、全く意味は無いと思いますけど?」
「でしたら、さらに、とにかく、あなたは大人しくして、今夜の夜会の準備を私にさせてくださいな」
「私に大人しくしろって言いたかっただけね」
「あなたが静かだったら問題は何も起きません」
キリアは酷いと、私は反発心で口を尖らせた。
結局は子供みたいな振る舞いをしているなと、自分を情けなく思ったが、私にはこの先の楽しみが消えたのだから我儘ぐらいいいでは無いか。
アランは悪い男だったとしても、リュート奏者としては最高の人だった。
彼が殺された事で、素晴らしき音楽が消えたのは悲しすぎる。
どんなに着飾ろうと、今夜は腑抜けた音楽を聴くだけとなるのである。
「聞いて!ミゼルカ!!今夜は無礼講の音楽会よ!!」
私とキリアは、淑女なのにノックもせずに部屋に突撃してきた、私の母に対して同時に振り向いた。
すでに準備を整えて敵前視察も済んでいるらしい母は、私以上の夢見る乙女の仕草で手を組んで天井を見上げている。
「お母様?」
「奥様?」
「ああ、神様!私の地味な娘を輝かせるための救いをありがとうございます」
「失礼ね」
「可哀そうですわよ」
「まあ!何を言うの。リュート奏者が急に消えたから、みんなでリュートを演奏しましょう会になったの。あなたはリュートが得意でしょう?その技で素晴らしき結婚相手を魅了するのよ!!先物買いをされるのよ、頑張って!!」
私は母を見つめ、母はやっぱり子を持つ親なんだな、と思った。
つまり、自分の子供を過大評価している、ということだ。
貴族の子弟はとにかく楽器の演奏を教養として仕込まれるけれど、私はどれもへたくそで、曲をなんとか奏でられるのがリュートだけ、というだけなのだ。
そのリュートで奏でられる曲だって初心者の初心者。
「キリア、お腹が痛いって言っていい?」
「一人でお部屋に籠られるのですか?」
「はっ」
キリアは私と母の小間使いであり侍女だ。
侍女として母について行くので、その場合は私は部屋に軟禁される事になる。
さ、殺人者が私の口封じに来るかもしれなくてよ!!
「いいえ。行くわ、一人は嫌だもの、行きます。でも、私のリュート演奏は褒められるものじゃないから、恥をかきそうで嫌だわ」
「お嬢様、聞き上手という戦術で行けば大丈夫です」
「お話会じゃ無いのよ?演奏会よ?」
「お話会よりも効果的です。誰もが自分が一番と売り込んでいるんです。お嬢様は控えめに笑い、あなたは素晴らしいわね、と、よそ様の演奏を聴く方を選ぶことで好感度を上げるのです」
私はキリアの提案に首を縦に大きく振っていた。
それならばできる。
大勢がいる場所でみんなに私という娘を周知してもらえたら、アランみたいにひっそりとあの男に殺される事は無いはずだもの。
そして夜会に出席した私は、信奉する神を捨て去るべきだと心に決めた。
私は家に帰ったら、家中の神様の印を暖炉にくべてしまうべきなのだ。
音楽会の前夜祭的夜会がにぎやかしで無礼講な演奏発表会となり、主催者の王子の提案で、数グループごとに分かれて演奏合戦をする事になった。
そこは理解できる。
理解できないのが、なぜ私が入れられたグループのリーダーになっちゃった男が、私を殺そうと狙っているらしい男なのだろう、という所だ。
「カート、君がリーダーなら、僕達のグループが優勝だね」
「うふふ。ハインリッヒ様にリュートの手ほどきを受けられるなんて幸運だわ」
最近騎士称号を得た美貌の男、カート・ハインリッヒは、社交界の人気者となった事が一瞬で理解できるような甘い微笑みを顔に浮かべて私を見返した。
「君にも幸運って言って欲しいな」
乾いた笑いしか出ないわよ。
助けだって呼べない。
だってカート・ハインリッヒは、母が狙っていた獲物じゃないの。