その十四、サシェがもたらしたもの
ホテルの中庭にて前夜祭ぶりに邂逅した私とケイトリン。
そこでケイトリンは私と仲良くなりたかった?と彼女の友人アガーテとドーリスを私に紹介してきたのだ。
私がその好意を純粋に受け入れて喜んだのもつかの間?
気が付けば私の大事なサシェがアガーテによって奪われ、私に良いかと聞く前に勝手に自分の鼻に当てて匂いを嗅いでいるではありませんか!!
少し図々しくないかしら?
「あの、かえ、返して――」
「まあ!いい香り。ケイトリンも嗅いでみなさいな」
「アガーテったら。私も嗅ぎたいわ。渡してくださる?」
ドーリスはアガーテに向かって行くために、私から腕を外した、が、少々乱暴だったから私は突き飛ばされたようにしてよろめいた。
そして気が付けば、私と仲良くしたかったはずの人達は私から少し離れた場所にいて、三人だけでワイワイ仲睦まじい姿を私に見せつけるだけとなっている。
一瞬で仲間外れな私?
「ディアナフロラのサシェだなんて、ケイトリンにこそ似合うのに」
「そんなことはございませんわ。お金を出せば誰だって買えるものですもの」
「そうよね。お金さえ出せば。本人がどうでも何でも手に入るのよね」
え?私を口撃し始めた?
あ、彼女達が私の前から去って行く?
あなた方は、私のサシェを奪いに来ただけのハイエナさんだったの?
「ま、待って下さいな。私のサシェを返して」
三人はピタッと足を止めると、私に微笑んだ。
どこから見ても社交上の笑顔で、見ず知らずの相手に向けるものだ。
「言いがかりはよしてくださいな」
「これはケイトリンのものですわ」
「ええ、そうよ。お友達から頂いたばかりの品ですの。お友達だった方だったかしら?名前ももう忘れてしまったわ」
ケイトリンはせっかくの美貌を台無しにするニヤニヤ顔で私のサシェを翳して、私を小馬鹿にするようにその手をゆらゆらと揺らした。
彼女の友人達はケイトリンを咎めるどころか、口を押えて笑い出す。
「アハハ、ひどいわ、ケイトリン」
「あらだって、言いがかりは許せませんもの」
「そうですわね。あげたものを返せだなんて、失礼な方!!ねえ、ドーリス」
「そうよ、似合わないものを似合う相手に捧げただけの話じゃないですか」
キリアが望むお嬢様だったら、こんな場面で泣いてしまうものだろうか。
自分が侯爵家の娘だから、下々の人達に施しを与えたと、大事だったものを諦めるべきかしら?
でも、私は母や乳母に嗜められてばかりのミゼルカでしか無いのだわ。
ここでこそミゼルカらしく振舞えなくてどうするの?
私は右手を差し出しながら、ケイトリン達に向かって一歩足を踏み込んだ。
「何ですの?」
「返してくださいな、アベルタ様。お友達じゃない方に大事なものを手渡すはずなど無いじゃないですか」
「これがあなたのものであるという証拠はどこにありますの?」
ケイトリンの台詞に、彼女の取り巻きもニヤニヤしている。
こんな嫌がらせをする意味が分からない。
「私にそれを贈って下さった方が証明して下さるでしょう」
「贈り物?そんな大事なものを、あなたはほいほい人にあげるのね。真心を台無しにされたハインリッヒ様は可哀想ね」
サシェがカートからの贈り物だと、この人達は最初から知っていたのね。
でも、どうして?
「うふふ。ディアナフロラの店主がカート・ハインリッヒの愛人だってことは有名なお話ですわ」
「そうそう有名すぎて、こんなものいらないって投げちゃったのよね。わかるわ」
「そうそう、馬鹿にしているわって。茶色の私なんて地味すぎて、カート様には家具にしか見えなかったのよねって」
「アハハ。アガートってひどいわ。贈り物がサシェなのは、チェストだったからだなんて!!」
ドーリスはアガートをたしなめるようなことを言いながら私を見返す。
さらに私の頭から爪先まで、まるで女中頭が新しい女中を見定めるみたいに眺め下ろしたその後、わざとらしく吹き出した。
「あらいやだ、その通りじゃ無いの。もう茶色のチェストにしか見えない!!」
「いくらでもおっしゃれば!そのサシェを欲しくてもあなた方はカートに決して贈って貰えやしませんものね!!私には痛くも痒くもない悪口よ!!」
笑っていたはずの三人は私の言葉で頬を赤らめ、憤慨した顔つきになった。
「サシェなんてもらって喜ぶのはチェストだけよ。私達は私達に見合う宝石やお花を、ちゃんと殿方から贈って頂いておりますのよ」
アガートがケイトリンの手からサシェを取り上げ、私にぶつけるようとする仕草でサシェを掴む腕を振った。
しかしながら、お嬢様でしかない彼女に遠投はできない。
いえ、わざとぽとっと落としたのかも。
私は慌てながらそれを掴もうと手を伸ばし、爪先が芝生に引っかかった。
!!
べちょっ。
私は芝生に飛び込んでしまったが、サシェを自分の手に受ける事は出来た。
でもでも、うくぅ、ドレスの前身ごろは土埃塗れだ。
あああ、お母様とキリアに叱られる!!
落ち込んだ私の頭上に、三人のけたたましい笑い声が弾ける。
私はその笑い声によって、闘志がわき上がっていた。
負けるものかとむっくりと起き上がり、意地悪な三人組を睨んだ。
ボロボロの姿だろうが、出来る限り高慢そうに顎を上げながら立ち上がる。
「何かしら?ご自分で転ばれたのよね?」
「ええ、そうよ。大事な贈り物ですもの。いくらでも泥を被りますわ」
ケイトリンは私に言い返そうと口を開いたが、あら、美人顔を台無しにするように口を大きく開けただけとなった。
三人とも?
どうしたのかと見守る私の視界の中で、ケイトリン達が急に脅えだし?あらまあ、我先へと走って逃げて行ったではないか。
「ふ、ふふ。私の威厳ある振る舞いに恐れをなしたのね。そうよ私はエバンシュタイン侯爵家の娘。ただのお嬢様ではございませんのよ!!」
私は胸を張り、女王様になった気になって鼻を鳴らす。
私の真後ろで、若い男性の笑い声が破裂音のようにして弾けた!!
慌てて振り向けば、いつの間にか私の真後ろにいたらしき、ハインリッヒ!!
彼は感銘を受けた人がするようにして、自分の胸に右手を当てた。
「俺の贈り物をこんなに大事にしてくれるなんて!!俺は君の心意気に心打たれたどころじゃない。だが、願わくば、俺としては君自身こそ大事にして欲しい」
「もしかしてあなた、最初から最後までご覧になっていた?」
彼はそうだと言っているにしかとれない笑みを私に返したので、私はサシェを彼の顔に向かって思いっ切り投げ付けた。




