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その十三、ちょっとぐらい?と中庭へ

 昨夜の音楽祭は、私は欠席せざるを得なかった。

 悪い男によって翻弄されたために、私の精神状況がお出掛けする事も音楽を聴く事も出来ないほどに、とってもとっても衰弱していたからである。


 使用人通路で気絶した私が目覚めてみれば、私が横たわるそこはホテルの自分の部屋であり、自分が使う安全この上ないベッドの中だった。


 私を起こしたのはキリアだったが、私をそこに寝かせたのはキリアではない、と私は確信していた。

 だって、私の右手が何故か小さな匂い袋(サシェ)を掴んでいたし、メイド服だった私がちゃんと寝間着に着換えていたのだもの。


 私が赤ちゃんの頃ならば、私をベッドに寝かせて着換えさせることはキリアにも出来ただろうが、今の私はお母様よりもキリアよりも、大体のお嬢様達よりも、骨太で大柄だ。

 たぶん。


「大柄って言ってもお母様や他の令嬢よりほんの少し背が高いだけで、でも、ふう、やっぱりご飯を減らすべきかしら?」


 私は自分の右腕を持ち上げ、太くはないはずなのに母のように華奢に見えないのはなぜだろうと溜息を吐いた。

 前夜祭から出会わないケイトリン・アベルタと並べば、私はとっても華奢に見えるかもしれないけれど。


 太古の女神像のようにして、大きな胸に細い腰を持つ金色の美女だった彼女。

 私は今度は自分の胸を見下ろし、がっかりというふうに頭を下げた。


「まだ十代だから小さいだけかしら?そして、あのケダモノが私のこの持ち物が小さいと知った事は間違いないわね」


 意識のない私を寝間着に着替えさせたのは、絶対にぜったい、あの不埒モノの仕業でしか無いのである。

 だから私は仮病を使った。


 どんな顔をしてあいつに会えばいいのよ!!と思ったから。


 そして母がすんなり昨夜の欠席を認めたのはなぜか、それを今日の今頃になって私は気が付いたのである。


 昨夜の音楽祭にカートは不在と母に伝えていたし、翌日にはカート主催のピクニックという、私を結婚させたい母には大事な大行事があるのだと。


 よって今朝の母は、私に対して強権を振りかざした。


 朝食はいつもの三分の一の量しか食べさせてもらえなかった。

 馬車酔いをしたら台無しになるからって。

 そんな悲しい朝食が終われば、私をお風呂へと追いやってピカピカに体を磨かせた。その後は、一番髪結いが上手なホテルメイドを呼び出して、私を申し分のないピクニック用パッケージに仕立てたのである。


「いいこと?大人しくしているのよ?これから私とキリアも用意しますから」


「奥様、私達こそ先に用意するべきでしたわね」


「適当な格好で一人にさせたら、この子がフラフラするだけじゃないの。お出掛け着姿で馬鹿をするほど馬鹿じゃないはずでしょう?」


「ですわね。お嬢様、勝手にお外に出てはいけませんよ?」


 何て失礼な母と乳母なのであろうか。


 私は母とキリアが母の部屋に消えると、自分の部屋に戻った。

 ベッドの上に、私が握っていた小さなサシェが転がっている。

 サシェの布は単なるシルクの布ではない。

 遠い昔のシルクロードの物語を想起させる花モチーフの柄で織られているという、異国の姫君の持ち物のようなものでもあるのだ。


 私がカートからのものだと知りながらこれを捨てなかったのは、悔しいが完全にこのサシェを気に入ってしまっているからである。


 いいえ、物に罪はないわ。


 私はそれを取り上げて、香りを嗅いだ。

 ほわっと花の甘い香りとオレンジの清々しい香りが混ざる、とても落ち着く良い香りが私の鼻腔をくすぐる。


「なんていい香り。眠くなる」


「お嬢様、お出掛け着に皺を付けたり、せっかく結った髪を乱れさせたら、わかっておりますわね?」


 鬼の形相のキリアを思い出し、私は眠気を覚ますために動き回ることにした。


「ホテルのロビーで中庭を眺めるぐらい良いわよね。お外には出ないでソファに座っているだけなのだし」


 そうよ、気が乗らないピクニックまであと一時間。

 軽い散歩でもして気分転換をするものじゃなくて?


 部屋を出た私は、サシェの香りを嗅ぎながら歩き、数分後にはロビーの中庭を眺められる大窓の前に辿り着いていた。

 中庭の草木は初夏という季節に応えるように花々が咲き乱れ、色とりどりの世界を作って私にそばにおいでと呼びかけているようだ。


「地面は芝生に覆われているし、ええと、汚れはしないわよね」


 私はサシェを鼻に当てた。

 オレンジと甘い花の香り。


「この甘い花の香りは何かしら。お庭にあるお花で同じ香りの花はあるかしら」


 私はしっかりした足取りで、家の庭には咲いていない種類の花が咲き乱れている一角へと向かっていた。

 嗅ぎなれない香りであるならば、自分が知らない花であるに違いない。

 そして、香りの正体を知ったならば、花言葉だって探るのだ。


「そうよ、あんな下劣な人な人なのだもの。花言葉は知らないはずよ。私が見つけて教えてさし上げるのも面白いに違いないわ」


「あら、お久しぶりかしら?」


 私は突然の声に振り向いた。

 そこには三美神よろしく、ケイトリン・アベルタを中心に、やはり金色の髪をキラキラさせた美人が二人立っていた。


 三人とも私と似たようなお出掛け着を着ており、そのせいで三人は私と同じ年齢に近いように見える。まるで女学校時代の同級生みたいに。

 彼女達も同じ様に考えたのか、私に対してとっても親密そうに微笑んだ。


「お久しぶりですわね、アベルタ様」


「ケイトリンでよくってよ。お友達を紹介してよろしいかしら?アガーテとドーリスよ。二人にエバンシュタイン様を紹介して欲しいと強請られましたの。ええ、ええ、私こそエバンシュタイン様と仲良くなれたらと思っておりましたので、さっそくという風に参りました次第ですのよ」


「まあ!嬉しい!!私の事もミゼルカでよろしくてよ」


「そうですわね。エバンシュタインの姓を名乗るのも、あと少しですものね」


 くるくる巻き毛の金髪美女、アガーテは私に微笑んだ。

 それから、白っぽい金髪に菫色の瞳をしたドーリスが、猫のように私の腕に自分の腕を絡めて声を上げた。


「うらやましいわ。ハインリッヒと名乗ることができるなんて!!」


 いやいやいやいや。

 名乗ったらその日のうちに殺される運命の私ですのよ?

 だって、昨日はっきりカートは言ったもの。

 私の行き先が、墓場、だって。


「まあ、その手に持っていらっしゃるのは何ですの?」


 私が答える前に、私の右手に握られていたサシェがアガーテに奪い取られた。


 え?

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