呪われ王子
『の、呪い…ですか?』
穏やかではない単語に一瞬言葉を失った。
『まだ断定は出来ないけど、君の力を鑑みるにそうなんじゃないかと思うんだ。「呪い」自体に形はないだろ』
『そうかもしれませんけど…、呪いを含め魔法の類いは二百年程前に禁止されたのでは?』
かつては魔法使いもいたそうだが、今では血が薄くなった事と魔法の知識が受け継がれなかった事で現在魔法を使える人間はいないとエリナは聞いていた。
『流石は歴史博士だね。よく知ってる』
『今はそんな話をしてる場合じゃありませんよ!
誰に呪われてるのか、とか!分からないんですか?』
『身に覚えがありすぎて誰か一人にしぼるのは難しいかな』
クラウス王子はこてんと首を傾げた。
(ええ…)
『主は我が国の扇の要なんで、主に消えて欲しいヤツならいくらでもいると思いますよ』
なんでもないようにイーゴンは言う。
相変わらず軽い口調だが主人のフォローをしたのだろう。
『王子殿下は凄い方なんですね』
改めて自分が今話しているのは一国の王子様なのだとしみじみと感じ入るエリナは思わず嘆息した。
『はい!凄いんですよ〜!うちの主!』
そんなエリナにイーゴンは嬉しそうに歯を見せて笑う。
ノエミはと言えば『うちのお嬢様も凄いですけど』と口を挟む。
『いらない事は言わなくていいよ』
『いらなくないでーす』
『いらないよ』
二人は口々に言い合っていて、王子と側近と言うより友達同士に見えてくる。
『お二人は仲がいいんですね』
『別に…『はい!仲良しです!『私とお嬢様も仲良しですけどね!』
否定しようとするクラウス王子にすぐさま言葉を被せるイーゴン。と、また口を挟むノエミ。
『…お前もう黙って!』
クラウス王子の表情はサングラスと靄で分かりず辛いけれど、きっと照れているんだろう。エリナはそう解釈して一人和んだ。
『はあ…。話が逸れたね』
額に手を当てながらため息をつき、話を続けようとこちらに顔を向ける。
『それでこれからの君の…待遇……に……っ』
『殿下…!』
言いかけて、クラウス王子の体がふらりと前方に傾く。
素早くイーゴンが肩を支えに入った。
『大丈夫ですか!?』
『……大丈夫…。でも悪いけど今日はもう戻ってくれる?』
全然大丈夫ではなさそうだ。
声も震えているし相当辛いのだとエリナにも分かった。
『……これも呪いのせいなんですか?』
『…恐らくね』
ため息をつくように返ってきた言葉にエリナは青ざめた。
ナイフが刺さっているのに血も出ていないし、重り付きの鎖は音もしない。何よりもあまりに平気そうにするものだから気付けなかった。
(辛いに決まってるじゃない…!)
身体中にナイフが刺さっているのだ。かなりの痛みがあるだろう。
腹部に突き立てられた大きな剣もきっと内蔵を痛めつけているに違いなかった。
外傷がないにしろ、それに相当する痛みを与える呪いなのかもしれない。
なら、サングラスが意味するところは―――
『じゃあ今は目も見えてないんですね?』
『……明るい場所なら少しは見えるよ』
王子の言葉にイーゴンがエリナに向かって首を横にふる。
『ウソだ!本当は全然見えてないでしょ!カッコ付けてないでさっさと呪い解いて欲しいって頼めばいいんすよ!』
『…徐々に本題に入っていくのが交渉というもの…』
『今回に限ってはそうじゃないでしょー!』
(やっぱり見えてなかったのね)
一国の王子が容易く人に弱味を握られる訳にはいかないのだ。
それを明かすと言う事はかなりの非常事態であるのが伺える。
『今はじゃれ合っている場合ではないのでは?』
ノエミの一声でまた言い合いを始めた二人がはたと黙った。
そしてエリナもそれに追随する。
『そうです!すぐに呪いを取り外しましょう!』
しかし、さあさあと意気込むエリナにクラウス王子は淡々と告げる。
『申し出はありがたいんだけど…、呪いが無くなったとして、今度は君が俺を呪っていた人間から恨まれるかもよ?』
(…確かにそうかもしれない。けど、だからといって彼をこのままには出来ない)
自分の「能力」があれば呪いを取り外せるのだ。
どう考えても助けると言う選択肢しか浮かばなかった。
『なんとかなります!』
エリナは胸を張って言い切った。
『……即答だね』
『はい』
『……君、ちゃんと考えてないでしょ?』
『考えてますよ?』
『命が危険に晒されても?』
『はい!なんとかなります』
エリナが頷くと後ろに控えるノエミが小さく笑った。
ノエミは主人の突飛な行動に付き合うのは慣れている。
『はあ…。君が俺を助ける義務はないだろ?』
クラウス王子はリスクを負ってまで自分を助ける理由が分からないと言う。
『だから君のウィステリアでの待遇の話をしようとしていたんだよ。何か希望はない?』
『うーん…。すぐには思い浮かびません。強いて言うなら早く呪いを取ってしまいたいですね』
『それじゃ君には何の得もないだろう』
話は依然として進まない。
信用されていないのはエリナにも分かる。後からとんでもない要求をされないよう物事が進む前に取引を成立させておきたいのは一国の王子として責任のある行動だと思った。
けれどそれはなんの見返りも求めていないエリナにとっては回りくどく面倒極まりなかった。
こうしている間もクラウス王子は苦しい思いに耐えているのにどうして助けてはいけないのか。
エリナはどうしたものかと息をつくと、王子の後ろで心配そうに彼を見守るイーゴンが目に入る。
その時エリナにある考えが浮かんだ。
『わかりました。ならイーゴンさんを借してください』
『イーゴン?…別に構わないけど護衛か力仕事くらいしか出来ないと思うよ』
『力仕事…。言い得て妙ですね。イーゴンさんお願いがあるんですがいいですか?』
急に自分の話になり驚いたような顔をしたイーゴンは間延びした声でエリナに言葉を返した。
『う〜ん。主以外の命令は出来れば聞きたくないんすけどぉ』
『まあ、そう言わずに!』
『ちなみにそのお願い〜って何です?』
『はい。もう面倒なのでイーゴンさんに殿下を取り押さえて頂いて呪いを取ってしまおうかなーと思いまして』
エリナはのんびりとした調子でイーゴンに説明した。
『ちょっと!』
クラウス王子が慌てて立ち上がったが、イーゴンはそれを素早く捕まえて羽交い締めにした。
『素晴らしい動きですね。イーゴンさん。そのままでお願いします』
『イエス!ボス☆』
『この野郎…!』
(イーゴンさんなら協力してくれると思ったわ。
殿下のことを凄く心配していたみたいだし)
『申し訳ありません殿下。不敬かとは思いますが、埒が明かないので強引な手段を選ばせて頂きますね。不敬を見逃して頂く代わりに見返りは結構です』
『埒が明かないのは君の方だろ。早く条件を指定すれば…』
『すみません…。けど思いつかないんですもの』
『考えるのが面倒なだけでしょ…。ちょ、近ずいて来ないで』
エリナは王子の前まで行くとゆっくりと手を伸ばした。
『まずはこの剣からいきますね』
『話を聞いて!』
『まあまあ主落ち着きましょ〜』
『イーゴンお前絶対減給してやるから…』
剣の柄を両手で掴むとイーゴンが息をのむ。
エリナが触れた事によって剣が可視化されたのだろう。
『痛いかもしれませんけど、我慢して下さいね…。よいしょー!』
エリナは緊張感のない掛け声とともにいっきに剣を引き抜いた。
体重をかけて引き抜いたため剣の重さでエリナは後ろに尻もちをついてしまった。
ゴトリと音を立てて剣が床に転がる。
『剣って重いのね…』
『感想…それ…だけ…?』
クラウス王子は力が抜けたように言うと意識を飛ばしてしまった。
誤字脱字が多くてすみません(;_;)
これからも皆様ご指摘ありましたらよろしくお願いします!