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呪われ王子と転生歴女  作者: ももも
第1章
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夜明け


エリナは飴を食べて幸せそうな子供達を眺めほっこりしていたが、この牢にはもう一人捕らえられている人がいるのを思い出す。



部屋の角に腰をおろし、俯いたままの女性がいるのだ。

蝋燭の明かりが届かない暗がりにいるものだからすっかり存在を忘れかけていたのだ。



彼女にも飴を渡そうと歩みよったエリナは思わず足を止めた。




『……………!!』




その女性の腹部には剣が突き立てられていた。



他にも身体中あちこちにナイフが刺さっている。

彼女が痛みを感じているのなら、父の赤い靄のように可視化できるはずなのだが、その全身は黒い靄で覆われていた。



女性はすでに儚くなっているようだった。

この黒い靄は死を意味するものなのか。

エリナは亡くなった人を直に見た事はなかったので分からない。



よく見ると足や腰には奴隷が付けるような鉄球付きの枷が嵌められていた。



(こんな所で亡くなるなんて…)



あまりの痛ましさに涙が出そうになった。



涙を堪えながら足枷だけでもと思い、枷に触れると鍵がかかっている。



(なんとかならないかしら。こんな物を嵌めていたら神様のところに行けないかもしれない)



ダメ元でトランクの鍵を鍵穴に無理やりにねじ込むと、あまりにもあっさりと枷は外れて彼女の足元に転がった。



『良かった…』



とりあえず怒りを込めて足枷を蹴飛ばしてから、体に毛布をかけてやり、ポケットからハンカチを取り出して女性の前に広げた。



そこにオレンジの飴のビンを置く。



(ごめんなさい。今は供えられる物がこれくらいしかなくて。

彼女が神様の元にたどり着けますように)



祈りを捧げ、立ち上がると子供達のいるところへ戻る。



すると、ハンナよりも幼いだろう男の子が心配そうにエリナを見上げた。



『お姉ちゃん、泣いてる…?』


『ありがとう。大丈夫よ』



笑顔を見せると、男の子も安心したように笑った。男の子の名前はヒューと言うそうだ。



『ヒューの家族の人はどこにいるの?』


『…わかんない』


『ヒューはどこから来たの?』


『…わかんない…』



ヒューはたどたどしく言うと首を横に振る。



その質問を引き継いだのは最初に毛布を受け取った年長の少年だった。彼はワルトと名乗った。



『俺たちはエボルブルスのスラムから攫われて来たんだ。

それに、俺たちに親なんていない』



強いて言うならここにいる子供達は皆兄弟のようなものだそう。



(やっぱり孤児だったのね。良くない身なりをしているし、皆痩せすぎだもの)



『そう…。じゃあワルトは皆のお兄ちゃんなのね。

エボルブルスって海の近くの街じゃなかった?』


『そうだよ』



エリナの言葉に頷いたのはハンナだった。



(エボルブルスって…、ウィステリアの地名だったはず)



じゃあここはウィステリアなの?エリナは口元に手を置き思考した。



…いや、違う。牢屋の作りを見るに、この建築用法は300年ほど前のアルトラガルスのものに近い。



ウィステリアのそれとは異なる点が多いし、外からは獣の声もする。もしかすると、まだ国境付近の山中にいるのではないだろうか。

300年前と言えば、アルトラガルスとウィステリアが争っていた頃だ。国境地帯に砦や城が多く作られているはずだ。

ここも、その一つなのではないか。




八時間も眠りこけていたため自信はないが、そう仮説を立てた。



『私ね、明日ウィステリアに着くって親戚に手紙を出してあるの。きっと明日になって私が来なければ何があったのか調べてくれると思うの』



子供達にこっそり耳打ちした。



そちらがダメでも兄と言う最終手段があるし、これで少しは皆が安心してくれるといいのだけど。



『帰れるの?』



ヒューは無邪気に首を傾げる。



『前居た場所が好き?』


『ううん。怖いからキライ。けど、牢屋の中よりは明るいから…』



ヒューの素直な言葉に胸が痛んだ。

どれほど過酷な環境に身を置いていたのだろうかとエリナは眉根を寄せた。



ヒューを抱きしめると小さな身体をもぞもぞと動かしてエリナの背中にそっと腕を回して抱きしめ返した。



『早くここからでましょうね』


『うん』



ヒューはエリナの腕の中で頷いた。



『なあ。アンタって名前なんていうの?』


『あら?名乗ってなかったかしら。ごめんなさい。

私はアルトラガルス公国から来たエリナって言います』



ワルトの問いに答えると子供達はポカンと口を開ける。



『あると…?』



彼らはやはり充分な教育を受けていないようだ。

自国の名前は知っていても隣国の名前までは分からないらしい。



『隣の国の貴族がこっちの国になんか用でもあったのか?

嫁入りとか?』



ワルトは年長なだけあって色々と理解か速い。

エリナが貴族だと言う事も服装やこれまでのやり取りで察していたようだ。



『ふふふ。お嫁さんはまだいいかな。私はウィステリアで歴史の勉強をするために旅をしていたの』



『勉強?なんで?』



心底不思議そうに子供達は聞く。



『まだ知らない事を知るってとても楽しいじゃない』


『そうかな?』


『そうよ!皆もここから出られたら学校に通わない?』


『勉強なんて何の役に立つんだよ』



ワルトが鼻で笑った。



『あら、ワルトは意外と分かってないのね。

知識ってとっても良い武器になるのよ?剣や盾と違ってかさばらないし生きて行くのに必要な物だと思うわ』


『なんだよそれ』



「人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じ」と、あの武田信玄もこんな言葉を残しているのだ。



『皆には色んな可能性があるってこと。たくさんの事を知って自分の人生を選べるのって素敵だと思うの』


『…………………』



こんな物はエリナの一方的な主張にすぎないかもしれない。

これまできっと生きるだけで精一杯だったろう彼らにこんな事を説いても貴族の綺麗事に聞こえたかもしれない。



けれど、それでも言わずにはいられない。



幸せだろうと不幸だろうとそれには自分の選択が伴うべきだと思う。だって自分の人生だから。

生まれた場所や境遇だけで人生が決まるなんて悲しすぎるし、そんなふうにこの子達には思って欲しくなかった。



『むずかしくて分からないけど、お姉ちゃんが優しいのはわかるよ』



ハンナは私の膝に手を置くと笑顔を向けてくれた。



『ありがとう。ハンナ』



それではと、話を変え今度は子供達の事を聞いた。

皆のこれまでの生活の事、辛い仕事の事、好きな遊びの事。

エリナの想像を超える過酷な生活の中でも支えあってその日その日を凌いで来たのだと彼らは話した。



夜も深まり寒さが増して来たため、貰った毛布に包まると彼らはこんな毛布に触ったのは初めてだと喜んでいるのを目にしたエリナは複雑な表情を浮かべた。



いつしか話は段々と逸れていき、エリナがおとぎ話をする事になった。最初はアストラガルスで有名な童話をいくつか話したが、ネタが尽きてしまい今度は桃太郎やシンデレラなど、前世で慣れ親しんでいた童話を披露すると子供達は聞いた事もない物語に大はしゃぎだった。



そして、はしゃぎ疲れたのか、かぐや姫の話が佳境に差しかかる頃には子供達はすやすやと寝息を立てていた。



エリナはと言うと、八時間睡眠が効いているのかちっとも眠くならない。



丁度いい。それなら今私に出来る事をしよう。




夜明けはもうすぐだ。




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