一石三鳥
イーゴンとノエミの踏んだ通り、話し合いは前回と変わらず平行線をたどっていた。
『殿下にはもっと他にやるべき事があると思います』
『それを決めるのはこっちだよね』
『個人的な事情ですから殿下の貴重なお時間を使わせるのは忍びないと言いますか...』
『人一人消すくらいならそんなに時間はいらないけど』
『消さなくていいんですってば!』
『ならどうしたいの』
『...関わりたくないだけです』
『ふうん。その相手ってどんな人なの?』
クラウスは学んでいた。
エリナが折れない事は想定済みなのだ。
なので議論を闘わせている様でいて、エリナの困り事を聞き出そうとしている。クラウスが部屋の外で聞いたのは彼女が困っていて、だがしかし自分に頼るのは忍びないと言う事だけだった。
事情すら話そうとしないエリナの力になるにはまずことの次第を把握する必要があると考えたからだ。
(その気持ちは痛いほど分かるけどね)
前回は自分が逆の立場だったクラウスは彼女の申し訳ない気持ちも理解出来る。そして自分なら助けになれるのに助けられないもどかしさも今ようやく分かった。
(彼女が俺に頼らなければならないと言う事は件の人物はかなり権力のある相手なんだろうね)
痺れを切らし強引な手段に出たエリナとは違いクラウスはゆっくりと話を聞き出していく。
そしてエリナ自身も気付かぬうちにだいたいの事情を話してしまっていた。
『なるほどね...』
『本当にどうしようもない人なので、関わればきっと不快な思いもされるでしょうから』
ここまで話を聞いたクラウスは既にいくつかの対策を考えついていたがまだ口には出さない。
(俺が嫌な思いするのも気にしてたのか)
お人好しもここまで来ると考え物だとクラウスは息をついた。
『そう言う不快な人には慣れてるよ。色んな人と話す機会があるからね。もしかして、君の言っているその人物ってジスラン ラプノー侯爵子息じゃない?』
『.....!!』
(どうして殿下がそれを...!?)
『当たりかな』
エリナが息を呑んだのを感じ、耳も頭も良い王子は確信した。
エリナの後ろで控えていたノエミもポーカーフェイスの下で舌を巻いた。
『...彼が君をねえ』
『クソ野郎とお会いになった事があるんですか?』
『一度ね。君の国の王子の誕生会に招かれた時に』
人に向けて中指を立てたくなったのは初めてだったとクラウスは言う。
(あのクソ野郎何をやらかしたのかしら...!?)
『はああ...。隣国の王子様にまで...。国の恥が失礼しました...』
『君が謝る事じゃないだろ』
頭を下げるエリナにクラウスは内心ムッとした。同じ国の貴族同士と言うだけなのは分かっているが、あの男が自分よりも近しい存在のような言い方が気に食わなかった。
そもそもあの男がエリナに好意を寄せているのにも何故か苛立ちを覚える。
『...君はジスラン ラプノーと結婚したくない。だからどうにかしたい訳だね。殺す以外の方法で』
『はい...。あれっ。私いつの間にか全部話してしまってるじゃないですか!それに何故ラプノー侯爵子息だと分かったんですか?』
今気付いたの?とクラウスはくすくす笑った後に推理を説明する。
『家族でもなく俺を頼らなければならないのなら、きっと君の家よりも爵位が上の人物だろうと考えたんだ。尚且つお人好しの君が嫌う程の人間は俺の知る中ではアレしかいない』
『名探偵ですか!』
すごい!とエリナは素直に拍手を贈った。
『...少し考えれば分かるよ』
何でもないように言うクラウスにエリナはまた手を叩いた。
(本当にすごい!知らない間に全部話も聞き出されていたし!頭が良いのは知っていたけど本当にすごいわ!名探偵クラウス王子と呼ばせて頂きますね!)
クラウスの後ろで様子を見守っているイーゴンは主人の辣腕っぷりにいつもながら流石と感心したが、話を全て聞き出された張本人が目を輝かせてニコニコしているのもまた流石だと思った。
『考えても分かりませんよ普通!本当にすごいですね!』
『君がちょろ...素直過ぎるだけだよ』
クラウスは壺を買って欲しいと言う人間には気を付けてとエリナに諭すと、ノエミが肝に銘じておきますと言う顔で頷く。
『さて、話を戻すね。君は俺に手を煩わせたくないと思ってるかもしれないけど、呪いが全部外れたら俺も君にまた迷惑をかける』
『...迷惑?』
エリナは首を傾げるが、クラウスが断言していると言う事はきっとこれから何か起こるのだろうと漠然と考えた。
『呪いが無くなれば城に戻る事になる。申し訳無いけど君にはついて来て貰わないとならない。そうしたら.............おそらく』
かなり言い淀んだクラウスは眉間を中指でぐっと押さえながら吐き出すように言う。
『.....君と結婚するように言われると思うんだ』
『...はえ?』
信じられないくらいマヌケな声が出たとエリナは思った。
しかしそれどころではない。
『神の寵児は国の宝だって初めに言ったのは覚えてるかな。君の能力云々は知らなくても、それはウィステリアの国民の共通認識なんだ』
『はえ...はぇ』
(国の...宝...。結...婚...結婚...!?)
脳の処理が追いつかない。エリナは言われた言葉を頭の中で繰り返すのが精一杯だった。
『陛下はなんとか抑えられると思うけど、他の重役達は君をとどめておくために俺か、自分の子息辺りとの結婚を薦めて来るだろうね』
クラウスは神妙な面持ちで言うが、エリナには分からない。
(...陛下...?重役の子息...)
エリナの混乱も極まれりと言う時、クラウスはぼんやりと仄暗い視界と気配を頼りにエリナの手をティーカップへと持っていく。
『.....!』
『飲んで』
『はい...』
エリナは不意に優しく手を包まれ肩の力が抜けていくのを感じた。
ノエミが入れたお茶はリラックス効果のあるハーブティーだった。これまで一口も飲んでいなかった事にようやく気付く。
すっかり冷めてしまったそれをゆっくりと含めばスーっと思考が落ち着いていく。ふー、と息をついて明瞭になった頭に浮かんだ言葉をそのまま発した。
『美味しいです...』
『それは良かった。落ち着いた?』
『はい...!ありがとうございます』
(びっくりし過ぎてまともに呼吸も出来てなかったみたい。殿下が手を取ってくれて良かった)
クラウスの手の感触がまだ残っている自身の手を握り締めるとエリナはやっと話の内容を咀嚼し始めた。
『...殿下と婚約しておけば一先ずはクソ野郎と結婚しなくても済むと言う事ですね?』
『そう。婚約は君が望めばいつでも解消出来るように手配してみせるから。君はまだ結婚するつもりはないんでしょ?』
クラウスはエリナが「お嫁さんはまだいい」と牢屋で子供達と話していた事を覚えていた。
なので結婚話など、しかも自分との結婚なんて迷惑この上無いだろうと悩んでいたのだった。
『将来の事はまだ分かりませんけど殿下はいいんでしょうか?私は助かりますけど殿下に結婚を望む方がいらしたら、邪魔になってしまうんじゃありませんか?』
『...俺?』
クラウスは心配そうなエリナの声を聞いて首を傾げた。
『殿下の恋路を邪魔するような事はしたくありませんし...』
『...そんな人がいたらこんな提案はしないよ。君は自分の事だけ心配していていいんだ。そもそも俺と会わなければ君はこんな面倒な事件に巻き込まれる事も無かったんだから』
『それは違います!あの時助けて頂けなかったらどうなっていたか分かりませんし、殿下の呪いの事も私が、自分で選択したんです!殿下が責任を感じる必要はありません』
エリナはきっぱりと言い切った。
その選択をさせたのは俺なんだからとクラウスは言いたかったが、エリナには暖簾に腕押しだろうと思い止めた。
『殿下は殿下の思うままになさって下さい。それに、本当に結婚する事になったとしても殿下を恨むような事はありません』
『.....歴史の研究の邪魔になるかもしれないよ』
『研究には多角的な視野が必要ですから、研究が出来ない時間もまた意義が有るんですよ』
意地の悪い質問だとクラウス自身も感じたがエリナはけろりとその問いを跳ね除けた。閉じ込められた牢屋にさえ歴史を感じるのだから、エリナが生きている限りそれは研究そのものなのかもしれない。
『そう言うものかな...』
『はい!それに殿下はご自分との結婚が悪い事みたいにおっしゃいますけど、殿下は優しくて真面目でとても素晴らしい方だと思いますよ。成り行きとは言えそんな方と結婚出来るならそれは大変光栄な事です』
『.................』
エリナは思った事をただそのまま述べたまでだったが、この言葉はそれはそれは深くクラウスの心に刺さった。
『はああ〜〜〜〜〜〜〜』
『えぇっ?』
目元を被ってこの上なく大きなため息をつくクラウス。
あ〜あと言う顔をする従者二名。
なんとも言えないこの部屋の空気は一体何なのだろうと残念令嬢は首をひねる。
(褒め言葉が苦手なのかしら?謙虚な人だわ)
そしてあらぬ方向に考えを着地させたエリナは一人納得した。
『はあ...。君の意見は分かったよ...。婚約の手続きはこっちでしておくよ』
クラウスは疲れたように声を絞り出した。
『...?...よろしくお願いします』
あっさりと返事をするエリナにもう何も言うまいと思った。
画して、お互いを気遣うあまり難航していた話し合いはこうして幕を閉じたのだった。




