しばしの別れ
エリナがウィステリアを訪れて二週間が経とうとしていたある日の夜、誘拐された孤児達が泊まる部屋ではちょっとしたパーティが行われていた。
ついに明日子供達が孤児院へと旅立つのだ。
エリナは張り切って部屋を飾り付け、料理を用意してもらった。
王都の近くのピエリスと言う町にある教会の孤児院が全員を受け入れると言ってくれたのだ。
子供達は皆小綺麗な服に身を包んでいる。ワルトが高い服は受け取れないと言い張ったので古着屋で数着気に入った物を購入したのだ。
痩せこけていた体もようやく子供らしい丸みを帯びて来たように見える。
エリナはそんな姿を見てすでに涙ぐんでいる。
『お姉ちゃんどうして泣いてるの?』
テーブルを挟んでエリナの向かい側に座っているハンナは首を傾げた。
『みんなが元気に旅立つ事が出来て嬉しいの。けど寂しいの』
『お姉ちゃん泣かないで』
エリナの膝の上でケーキを食べていたヒューも心配そうに彼女を見上げている。
『大丈夫よ。ごめんなさいね』
エリナは涙を払うと笑顔を作った。
『エリナ ルナール歌います!』
にわかに落ち込んだ雰囲気を払拭するためエリナはヒューを隣に座るワルトの膝に座らせると勢いよく立ち上がった。
そして歌い出したエリナをテーブルの端で見ていたクラウスはぽつりと呟いた。
『なんだ。けっこう上手いじゃないか』
これまで子供達の面倒を見て来たイーゴンと共にパーティに強制参加させられているのだ。
子供達にはイーゴンの上司のお兄さんで通っている。
つい先日武器の呪いが全て外れ、体を動かすのは支障ない。目の方も徐々に光を取り戻しつつある。ボンヤリだがすぐ近くにある物の輪郭が分かるほどに回復していた。
エリナからは未だにサングラスと共に黒い靄がかかっていてクラウスの顔はよく分からないのだが。
『エリナ嬢は声も可愛いですもんね〜』
『お嬢様に可愛くない面などありませんが』
同意するイーゴンとノエミはテーブルの脇で両腕に子供を二人づつぶら下げながら頷く。かなり異様な光景だったが指摘する者はいない。
『ふふ、変な歌。あれが前世の歌かな』
『そうでしょうね。お嬢様がヴァルツ語訳したものかと』
『童謡ですかね〜』
大人三人がエリナを眺めて話していると、イーゴンの腕にぶら下がった女の子がぴょんと腕から飛び下りクラウスに向かって問いかけた。
『ねえ、お兄ちゃんはお姉ちゃんの恋人?』
突如として投下された爆弾にクラウスは一瞬固まってしまう。
『…………違うよ』
なんとか答えたクラウスだったが、ノエミが電光石火の速さで女の子を抱えて部屋の隅へと連れて行ってしまう。
『あの二人は今からが一番(見ていて)楽しい時なのです!
余計な口出しは無用ですよ...!』
『そう言うことね...!』
部屋の隅でノエミが小声で力説すると女の子も納得したように頷く。ノエミは自分の恋愛にこそ興味は無いが恋愛小説を愛読しているのだ。この少女もノエミに恋愛小説を読み聞かされ他人の恋愛に興味津々なのである。
一方残されたクラウスは訳が分からずぼやいていた。
『なんなの...』
『あははは!!』
イーゴンは爆笑している。
それから料理が無くなってくると皆で大きなケーキを食べ、ウィステリアで定番の童謡を歌いパーティは終了した。
そして良く晴れた翌朝、四頭引きの大きな馬車が宿の前に到着した。
クラウスが手配した王宮の馬車だけあって派手ではないが重厚な馬車だ。
エリナは部屋の窓から馬車が走って来るのを見つけ、子供達と共に宿の玄関に出ると若い騎士が二人待っていた。
黒を基調とした騎士服にはウィステリアのシンボルカラーである紫の紋章が刺繍されており、二人が間違いなくウィステリアの騎士だと示している。
二人はルイスとワーナーと名乗った。茶髪で人好きの良さそうな笑顔を見せたのがルイス、イーゴンほども上背があり黒髪の真面目そうな男がワーナーだ。馬車の入口の両側に立ち、エリナに礼をとった。
『エリナ ルナールと申します。騎士様に皆を連れて行って頂けるなら安心でございます。子供達をどうかよろしくお願い致します』
エリナは令嬢然として挨拶をすると騎士二人は礼を返した。
子供達は(もちろんエリナも)キラキラした騎士に色めき立ったが、騎士二人もエリナに笑みを向けられ頬を赤らめた。
忘れられがちだがエリナはなかなかの美少女なのだ。ボロさえ出さなければ。
『皆も騎士様にご挨拶しましょう』
エリナが子供達にも挨拶するように促すと誰からともなく声を揃えて『よろしくお願いします!』と挨拶した。
エリナが『まあ!』と驚くとワルトがふふんと笑うとドヤ顔を向けてきた。孤児院に着いた時のために練習したのだとか。
『みんなすごいわ!』
エリナは嬉しそうに子供達を抱きしめた。
(天使のようなご令嬢だな...)
緩みそうになる頬を引き締めながら騎士二人はエリナと子供達を眺めた。
エリナの斜め上にぶっ飛んだ奇行を見た事のないルイスとワーナーはエリナの無邪気な姿に癒されていた。
『おはよう』
後ろから声をかけられたエリナは振り向くとクラウスがイーゴンを伴ってやってきた。
『朝から賑やかだね』
『おはようございます!子供達の挨拶お聞きになりましたか?』
『聞いてたよ。また泣いてるんじゃないかと思ったけど、違ったね』
クラウスは声でエリナが泣いていないのだと分かったようだ。
そして御者を勤める二人の騎士が遅れてやってきたクラウスに深く礼をとると、クラウスも労いの言葉をかける。
『長旅ご苦労さま』
『勿体ないお言葉です!』
緊張しているのだろう。ワーナーの声は少し震えている。
背筋をピンと伸ばす二人にクラウスの後ろに控えていたイーゴンが手を振った。
『おい〜っす。仲良しコンビ〜』
『イーゴンさん!お疲れ様です!』
ルイスは人懐こい笑みを浮かべキビキビとした会釈をする。
『馬を休ませついでに話でもしていたら?俺は向こうで座ってるから』
クラウスはエントランスの椅子に向かって行った。
『お前らが緊張してるから気を遣わせちゃったかな〜』
クラウスの後ろ姿を目で追いながらイーゴンが言うと騎士達は急に饒舌に話し出した。
『我々のような末端の者にまでお気遣い下さるなんて…』
『声をかけて貰えるなんて思ってなかったんで感動しちゃいましたよ!』
『イーゴンさんは騎士様方と仲がよろしいんですか?』
『そうですねえ。後輩ってところです』
イーゴンはクラウスの側近を勤めているが、騎士団とも交流がある。それと言うのもウィステリアの王族はそれぞれ個人の騎士団を所有しており、クラウスの私兵としての役割も担っている。
『こいつらは主の騎士団目指してるんですよ〜。死ぬほどキツいから止めとけって言ってるんですけどね〜』
『覚悟の上です!』
ワーナーはピンと伸ばした背筋をさらに伸ばし軍属らしく言い切った。
『素敵です!ですけど騎士様方にとって一番の名誉はやはり国王陛下の私団に所属する事なのではありませんか?』
『はい!もちろん素晴らしい名誉です!ですが、殿下は戦時となれば戦地に赴いて軍部の指揮も執られますから…』
『実力的には殿下の騎士団がウィステリア最強でしょう』
エリナの問にルイスが答えれば、今度はワーナーが抑え目な声で続けた。そして戦場でのイーゴンがいかに勇猛果敢か、クラウスの指揮の的確さや憧れを熱く語る。
(殿下は部下の方達に愛されてるのね。イーゴンさんもそうだけど)
エリナはにこにこしながら二人の騎士が目を輝かせるのを見ていると、スカートを摘まれそちらを振り向いた。
『お姉ちゃん』
『なあに?ヒュー』
『あの、これっ』
目線を合わせるためしゃがむとヒューが緊張の面持ちで一枚の画用紙をエリナに手渡した。
それには子供達に囲まれるエリナが色鉛筆で描かれていた。
『これを私に?とっても上手!ありがとう!』
ヒューに続いて子供達は小さな花や、どんぐりなどを次々にエリナに渡した。
牢屋に押し込められている時には優しい笑顔で安心させてくれたし、楽しいお話も聞かせてくれた。そして綺麗で温かい毛布だってくれた。
その後も惜しげも無く洋服を買ってくれた。スラムやエボルブルスの町で会う大人達とは違って自分達を蔑みの目で見る事もなく、大好きだと抱きしめてくれた。
子供達はエリナに感謝を伝えたかったのだ。
『みんな、ありがとう!宝物にするわね』
エリナは渡された物を抱えながらぽろぽろと涙を流した。
『お姉ちゃんは泣き虫ね』
ハンナが笑ってエリナの涙を拭いた。ノエミに教わってハンナが刺繍をしたハンカチだった。すでにエリナよりも遥かに上手い。
心洗われる光景を目にした騎士達はイーゴンを馬車の裏へ引っ張って行き詰め寄った。
『なんですか!あの清らかなご令嬢は!』
『一服の絵画見た気分ですよ!』
『エリナ嬢可愛いよな〜。うん分かる分かる』
『可愛いって言うか天使?』
ルイスが大真面目に言えばイーゴンは爆笑する。
『あはははは!そっか〜』
今天使と呼ばれた令嬢は神経は図太く、王子を羽交い締めにして取り押さえ、(取り押さえたのは自分だが)大蛇を鷲掴みにする猛者である。そんな姿を目の当たりにしてきたイーゴンはおかしくて仕方がなかった。
(知らないって幸せだわ〜)
『しかも…、あの方…銀髪って…もしかして…』
ワーナーは声を潜め、イーゴンに意味深な視線を向けた。
『まあ、まだ何にも聞いてないけど…多分な』
後輩二人の肩を両手で引き寄せたイーゴンはこっそりと耳打ちした。
『やっぱりですか!』
『これ、他言無用な。主にも色々と考えがあるだろうし』
珍しく真面目な顔をする先輩にルイスとワーナーはこくりと頷く。
『ねえ』
そんな時、後ろからクラウスの声がして三人は驚きでビクリと肩を震わせた。
『いつまで話してるつもり?今日中に森を抜けるならそろそろ出ないと間に合わないよ』
『『はい!!』』
『主…。気配消さないで下さいよお』
冷や汗混じりの三人は急ぎ足で持ち場に戻る。
イーゴンに敬礼して、では!と挨拶をし、ルイスは柔らかな笑顔で子供達に話しかけた。
それを聞いたエリナは後ろに控えているノエミを振り返る。
今度はエリナからプレゼントがあるのだ。
頷くだけの返事をしたノエミは大きなバスケットをワルトに渡した。
『これは、お昼ご飯よ。みんなで食べてね』
そしてもう一つ、と言ってエリナはバスケットから蓋のついた箱を取り出した。
『皆にお手紙を書いたの。読み書きが出来るようになったらお返事をくれると嬉しいわ』
箱の中にはそれぞれに宛てた十通の手紙と返信用のレターセットが入っていた。
『ワルト。あなたが持っていてくれる?』
『...分かった。...その、エリナ...』
バスケットに箱を戻すと、ワルトは小さくエリナを呼ぶ。
『なあに?』
『俺、大きくなったらエリナを助けられるような仕事がしたい。...たくさん...勉強する...』
ワルトは尻すぼみに小さくなりながら言うと赤くなって俯いてしまった。
『ありがとう...。これから辛い事もあるかも知れないけど、皆を守ってね。ずっとあなたを待っているわね』
ぎゅっと抱き締めながら言うといつものようには抵抗しなかった。ただエリナの腕のなかで頷くばかりだ。
そしてとうとうその時が来た。
子供達が、二台の馬車に乗り込むと、騎士は馬車を発車させた。ゆっくりと遠のく馬車からは子供達が乗り出して手を振っている。
エリナも馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けたのだった。




