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呪われ王子と転生歴女  作者: ももも
第2章
13/21

お話しましょう



『う…ぐうう…』


『まだまだ詰めが甘い』


『…くうう』


『ねえ、そろそろ止めない?』


『…ぬう』



エリナは悔しげに盤面を睨んだ。



『主にチェスで勝つのは無理ですよ〜。エリナ嬢は頑張った方ですって』



イーゴンは手早くチェス盤を片付けながらエリナを慰めた。



『暇つぶしにはなったかな』


『くああ…!!』


『君さっきから奇声しか発してないけど大丈夫?』


『大丈夫ですが…』



かれこれ十六戦はしただろう。

結果は言わずもがなエリナの十六戦全敗。実にあっぱれな負けっぷりだったとイーゴンは拍手を贈る。



エリナはぷくりと頬を膨らませた。



(こんな時ノエミがいたらきっと優しく慰めてくれるのに!)



「人には向き不向きがありますもの。お嬢様は研究以外はポンコツでらっしゃいますから…。致し方ありませんわ」



エリナの想像の中のノエミが優しく語りかけてくる。



(…あれ。そうでもなかったかもしれないわ)



本日ノエミは席を外している。



この場を離れられないエリナの代わりに叔父クーノの邸に行っているのだ。



エリナの兄のオスカーが事件を聞きつけて叔父の邸に押しかけて来たとの手紙がもたらされたのは昨日の事。



この宿にオスカー(シスコン)が殴り込んできてはあらゆる意味で不味い。面倒な事になる前にやむを得ずノエミが叔父の邸に向かったのだった。



そしてその間エリナを一人にする訳にもいかず、クラウスの部屋でまとめてイーゴンが護衛をする事になった。



普通、男性しかいない部屋に令嬢が一人でいる事は身持ちの観点からまず有り得ないのだが今回ばかりは背に腹はかえられぬ事態。ノエミも渋々だが了承したのだった。



「呪い」の取り外し作業も済まし、昼食を共にした後暇を持て余した三人はチェスを始めた。



目が不自由にも関わらずクラウスは強かった。

とにかく強かった。



盤面を目視出来ないハンデを抱えながらも、エリナの置いた駒の位置や自分の駒の位置を全て把握し、終始主導権を離さなかったのだ。



気付いた時にはエリナは惨敗していた。



『ハンデまでもらって…勝てないなんて…』


『頭脳戦は主の得意分野ですから〜』


『本当に凄い方なんですね…』



(改めて実感した。流石はウィステリアの扇の要…)



エリナは最強AIと戦っている気分だったとこぼした。残念令嬢だが何事にも一生懸命に取り組むエリナはゲームにも一生懸命取り組んだ。前世でも経験があったので善戦出来るとも思っていたが、結果は散々だった。



『君の手は素直すぎるんだよ。さあ、負けたんだから何か面白い話でもしてよ』



クラウスは悠然とソファに座り頬杖をつきながら無茶振りをする。 この王子は基本的にはこう言う性格なのだとイーゴンは言う。



『だんだん遠慮が無くなってきてる気がします…』


『君は会ったその日から遠慮無かったけどね』


『あはは…。すみません…』



(ぐうの音も出ません…)



『ですけど、私の面白い話って歴史の話しかありませんよ?』



エリナの手持ちにはすべらない話なんてないのだ。エリナの中では。彼女の奇行、言動、失敗談などの数々をまとめれば分厚い本が数冊出来上がるのだが、それを知るノエミは今この場にはいない。



『それでもいいけど。君のヴァルツ史における見解を聞けるなんて貴重な事だし』


『それだと自分寝ちゃいますよ〜』



イーゴンがお茶を入れつつ、もっとユルい感じで!と口を挟んだ。



『なら、牢にいた時に子供達にしていた話の続きがいいな。

あの時は子供達が寝てしまって途中だったでしょ』


『聞いてらしたんですか』


『うん。質問もあるんだよね』



…私何を話してたんだったけ?

あの時は沢山話をしたからな…。エリナは腕を組み記憶を辿る。



『う〜んと…。何のお話をしてました?すっかり忘れてしまって』


『……何かの植物の中から出てきた人の話だよ』


『植物…かぐや姫ですね!ああそうでした!そうそう。確か帝に求婚された所でみんな寝てしまったんですよね』


『そう。ミカドは王子のような存在なんだよね』


『そうですね。あ、そうか。私ったら訳し切れてなくて前世の言葉のまま話してしまってたんですね。子供達も退屈して寝てしまう訳です』



納得したエリナはぽんと手を合わせた。

そもそも平安時代の時代背景がこの世界の人間に分かるはずもない。

桃太郎のような分かりやすい話はともかくかぐや姫は子供達には難しかったに違いない。



『そう、「カグヤ姫」が出てきた植物も君が「藪」って言うから植物なのかと推測して聞いてたんだ』



そうか!竹ってアジアの植物だ!

確かにエリナとして生まれてから竹なんて見た事がない。



『すみません…。初手から詰んでたんですね。その植物は竹と言う植物で前世の私の国では一般的な植物だったんです』


『タケ…』


『ヴァルツ大陸で言うと東側にある国の風土に近いかと思います。そちらになら自生しているかもしれません』



ヴァルツ大陸はユーラシア大陸とよく似ていた。

西側にはヨーロッパ風の国、東側にはアジア風の国があり東国で今一番栄えているビャクラン皇国は中国に似ているとエリナは思っていた。



『へえ。なるほど』


『本当はこのお話のタイトルは「竹取物語」って言うんですよ。前世の私の国で確認された中で一番古い物語で国民はみんな古語の授業で習うんです』


『国民全員が?それも古語を?…ちなみにどれくらい古いの?タケトリってどういう意味?どう書く?』



質問攻めにあうエリナは一つ一つ説明していく。

話を聞くとクラウスは感嘆の声を上げる。

真面目な王子は自国より遥かに進んだ文明の話に目を輝かせた。エリナには見えていないが。



自国ウィステリアのために日夜働いているクラウスにとってエリナの話は大変有意義だった。これをどう活かして行こうかと、彼の頭の中はフル回転していた。



『千年も前の話が残っていてそれを国民全員が知っているなんて、本当にすごい事だよ』



珍しく高揚感を滲ませるクラウスにエリナは驚きつつも話を続けた。



まずは平仮名と漢字の説明から始めるとイーゴンが「うえ〜」

と渋い顔をする。



その気持ちは分かる。エリナはこの世界に生まれて日本語は本当に複雑で面倒な言語だと実感した。



アストラガルやウィステリアの言語は大体一緒で英語に似ている。アルファベットのような文字があり、それらを組み合わせた単語の綴りと意味を理解し覚えるのだ。

現在の日本語に比べるとシンプルで明快な言語だった。



『文字が二種類もあるなんて変わってるね。いまいち理解に欠けるからタケトリって手に書いてくれる?』



クラウスはいつにもなく積極性を見せる。手を差し出して文字を書くように求めた。

真面目な王子は一度気になると極めたくなるタチだった。



『はい。でも、逆さまに漢字を書く自信がないので隣に座ってもいいでしょうか?』



興味津々のクラウスは迷わず頷く。

熱心に話を聞いてくれるクラウスに気を良くしたエリナは丁寧に説明していく。

チェスでボロ負けした事などもう頭には無い。



エリナはクラウスの横に腰かけるとその手を取り、漢字と平仮名とおまけに片仮名で「竹取物語」と書いた。



『漢字は複雑なんだね。平仮名と片仮名はシンプルだけど』


『そうですね。もっと難しい漢字も沢山ありますよ。平仮名は「竹取物語」の時代に出来た文字なんです。外国の文字の漢字を簡単に崩して、漢字の意味は無視して表音文字として用いていたんです』



現在は五十字にまとまっているが当時は二百文字近く使っていたらしい。クレイジージャパン。



『面倒なことをするんだね』


『本当ですよね。けどそれまで立場が弱く文字を扱う事が出来なかった貴族女性に平仮名が浸透した事で国の文学は大きく発展したんです』


『貴族女性の立場が弱いのはどこも変わらないね。けど女性の進出は社会に大きな影響を及ぼすようだ』



興奮気味のクラウスにエリナは笑みを向けると、ようやく「竹取物語」を語り出した。

途中クラウスが質問を挟んだり漢字を確認したりと話が中断されたので話し終わるのに夕方までかかってしまった。



結局イーゴンは退屈になってしまったらしく、立ちながら寝ると言う離れ業をやってのけた。もちろんクラウスに叩き起されたが。



そしてクラウスはエリナの話がよほど興味深かったらしく翌日もその翌日も昼食の後に何か話をするように求めててくるようになった。



『ねえ。学校と孤児院を設立するにあたって君の前世で何か参考になる事はないの?』



ノエミが叔父の家に向かってはや四日が経った今日もクラウスのハイレベルな何故なに期は続いている。



『うーん。参考になるかは分かりませんが、私が受けた教育は義務教育が六歳から十五歳まで、高等教育がその後三年、さらに歴史の勉強をするために四年学校に通いました』


『そんなに勉強するんだ。十六年もどんな事を学ぶの?』』



とりあえず当時の時間割を思い出しながらエリナは指を折りながら科目を挙げていく。



『すごい量だね。この水準はすぐには無理そうだ』


『いえ、実際は読み書き計算だけで充分なんですよ。社会に出て役に立つ勉強ってそれくらいかな、と思うんです』



英語はともかくその他の勉強は教養を深め、自分の得意分野を知るための物だ。そして社会に出る際に社会に認めてもらうための指標のような物だとも思う。



そう伝えればクラウスは感心したように息をついた。



『一見無駄なようだけど、そうでもないんだね』


『勉強だけが全てではないんだと思います。だから私は音楽の授業も好きでしたよ』



歌は下手だったけど歌うのは楽しかった。ピアノを弾くのも好きだったし、前世の経験のお陰で令嬢教育の中でもピアノの成績は一番マシだった。



(前世ではもう少し上手かったはずなんだけど)



『音楽か。…君の前世の音楽も気になるな。何か歌って』



クラウスの唐突すぎる無茶振りはここでも発揮された。



『え〜〜!?嫌です!恥ずかしいです!』


『なんでもいいから歌いなよ』



(ち、近いな…!)



クラウスは顔を覗き込むようにエリナの方を向いた。

漢字の確認のため話をする時はクラウスのすぐ隣に座るようになっていたのでクラウスがこちらに体を向けるだけで圧迫感がある。サングラスが今は怖い。



『主〜。今は主の顔面サングラスで使い物にならないんですから迫っても無駄ですよお』


『俺はいつも目を見て頼んでるだけだよ』


『見えてないでしょ〜』



(サングラスと靄で私には分からないけど殿下は美青年なのね…。目を見ただけで従いたくなるなんて)



『私は沢山話したので今度は殿下のお話が聞きたいです!』



歌を回避したいエリナは話を逸らす事にした。



『…俺の話はいいよ』


『いいえ。聞きたいです!小さい頃はどんな子供だったんですか?』


『それは自分も気になる!』



エリナとイーゴンに迫られてクラウスは仕方なくぽつりぽつりと話し出した。



子供の頃は読書と乗馬が好きだった事、好きな科目は数学と歴史だという事、歳の離れた兄王様に大変可愛がられている事を聞く事が出来たのだった。



『はあ。もういいだろ』



一頻り話を終えるとクラウスは恥ずかしいのか投げやりな口調で言い捨てた。



『ありがとうございます。ではまた今度聞きますね』


『……俺も君の侍女が帰ってきたら君の子供時代の話を聞いてみるよ。きっと面白いんだろうね』


『期待するような面白エピソード無いですよ?』



エリナが自覚していないだけで山ほど愉快な話があるに違いないとクラウスとイーゴンは確信していた。



『ノエミさん早く帰ってこないかな〜』


『楽しみ』


『面白い話なんてありませんてば』



聞く耳を持たない二人はノエミの帰還を楽しげに待つのだった。




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