クラウスとイーゴン
クラウスは目を覚ますと、まず驚いた。
信じられないほどに身体が軽かったからだ。
まだ痛みやダルさはあるし、視界は相変わらず真っ暗だったが今まで感じていた辛さから比べれば明らかに軽くなっている。
(気を失ってたのか…)
ゆっくりと起き上がるとイーゴンが声を上げた。
『主〜。目が覚めたんですね!』
『うるさい…』
『具合はどうです?』
『…随分楽になったよ』
室内にエリナの気配は感じられない。部屋に戻ったのだろう。
明日にでも文句とお礼を言わなければならない。
『いや〜!びっくりしましたよ。あんな物が主の体に刺さってたとは!』
『だからうるさいってば。俺だって驚いたよ』
『ちなみにこれが主が寝てる間に外した「呪い」』
イーゴンが一つ一つ手渡したのは最初に引き抜いた大ぶりの剣に鉄球付きの足枷三つ。ナイフ二本。
エリナが言うにはまだまだ「呪い」は残っているらしい。
クラウスはぎょっとした。
身体中重いし痛い訳だ…。
ここ一年自分を悩ませていた物の正体を手で触れてクラウスは改めて納得した。
『彼女は?』
『それが、「能力」を使いすぎたせいかフラフラになっちゃって、部屋に戻ってもらいましたよ』
『はあ…。何なんだろうあの人は』
牢屋で初めて彼女と盗賊のやり取りを聞いた時から変わった令嬢だとは思ってはいたが。
しかしエリナはクラウスの想像のはるか斜め上をいっていた。
見返りを求めない上に強引にクラウスを助けてしまった。しかもそのせいで調子を崩すなんて、お人好しにも程がある。
『ご飯食べて寝れば治るので心配しないで下さいって言ってましたよ』
イーゴンが言うには、エリナは自分の心配よりもクラウスの目が覚めたらきちんと食事をとってもらうようにと言い残して部屋を後にしたらしい。
『やっぱ大物ですね。エリナ嬢』
『図太いだけだと思う』
『あはは!そう言えば牢屋でもそんな話してましたね』
イーゴンはからからと笑った。
『主があんなに女性と長く話すとこ初めて見ましたよ。しかも結構素が出てましたし』
『彼女と話してると調子狂うんだよ。全然下心もなさそうだったし、女性と言うより幼児と話してる気分だった』
『ははは!幼児か〜。そうだ。幼児と言えば誘拐された子供達なんですけど、医者の言うにはみんな健康状態には問題ないようですよ。栄養は足りてないみたいなんでちゃんとした食事をとるようにって』
『そう。じゃあ三食用意させて』
子供達にも改めて話を聞かなくてはならない。
彼女と話していたあの年長の少年がいいだろう。
盗賊は今頃みんな王都の牢獄にいる頃だ。
(ようやく尻尾を掴んだんだ。洗いざらい吐いて貰おう)
ウィステリアでは数年前から子供の誘拐が問題になっていた。
特に多かったのは孤児の誘拐だ。
王命を受けて調査を取り仕切っていたクラウスはこの度イーゴンを誘拐を請け負っている盗賊団に潜りこませる事に成功し、王子本人が悪事の現場を押さえ事件を早期解決させるためにわざわざ女装までして誘拐されたふりをしていた。
成果はまずまずだった。
道中の盗賊達の会話から誘拐の首謀者は盗賊達ではなく、アルトラガルスの貴族だと言う所まで突き止める事が出来たのだ。
この期を逃す訳にはいかない。
目が不自由になってからというもの、書類仕事を部下に任せているためクラウスは自分に出来る事を精一杯こなす事だけを考え、実行していた。
『主にも何か食べる物持ってきます?』
『誘拐の首謀者に関する情報が掴めたらすぐこっちに報告させて』
『ちょっと身体が楽になったからってもう仕事モードですか。会話になってないですよ』
『返事は?』
『はーい。じゃ、報告上がるまでゆっくりしてましょ』
理不尽すぎる返答の要求も意に介する事無くイーゴンは間延びした口調で答える。
『一ヶ月も盗賊団に潜入してもらってしたし、お前も少し休むといいよ』
『うわ。どうしちゃったんです主!エリナ嬢に当てられて優しくなったの!?』
イーゴンは主人の思いがけないねぎらいの言葉に驚きの声を上げた。
『まあ減給はするけどね』
『え〜〜!?羽交い締めにしたの根にもってるんですか?』
『別に』
『根にもってるなあ〜』
『別に』
『で、何か食べます?』
『………食べる』




