三、極上の生贄⑤
「お前の目的である生贄の行方と、俺の目的である違法な人身売買のルート特定。利害は一致しているだろう?」
「確かに、そうですけれど……」
「お前、本気で地理も分からないこの国で、一人で生贄探しができると思ってんのか?」
ゼールからの言葉にシェルは二の句が継げなくなる。冷静に考え、王宮のすぐ傍にあった南の町に行くだけでもこの有様なのだ。これから先、売られた女性たちの行方を一人で追うのは確かに非現実的である。
シェルが言葉に詰まっているのを見かねたゼールは、
「俺が一緒に探してやる」
その言葉があまりにも力強かったため、シェルは思わず、小さく頷いてゼールの提案を受け入れるのだった。
その翌日。
シェルはゼールに連れられてヴェルデ王の前にいた。
「ゼールから話があるとは、珍しいな。どうした?」
ヴェルデ王はにこやかにゼールの言葉を促した。ゼールは父王に昨日の南の町での出来事を報告する。
「シェルのお陰で、今まで手を焼いていた人身売買のルートを掴めそうなのです。なので、私とシェルが旅に出ることをお許しください」
ゼールの言葉を聞いたヴェルデ王は真剣な表情で考え込んだ。
「二人きりでの旅は許すことが出来ぬ」
それから出たヴェルデ王の言葉に、ゼールが顔を上げた。ゼールの目に映ったヴェルデ王はゼールと目が合うと、今まで真剣な表情だったのを崩し、笑顔を見せた。それから、
「フォイを同行させよ。元生贄たちの行方と人身売買のルートの特定、多くの人員を割くことは出来ぬが、二人よりも三人の方が良いだろう」
その言葉に驚いたのはシェルだった。シェルも思わず顔を上げてしまう。シェルの瞳に映ったヴェルデ王は、父親の顔をしていた。
「ゼールからの提案、断るわけにはいくまい」
王はそう言って嬉しそうに笑っている。今までゼールから率先して提案を受けることはなかった。シェルが現れたことでゼールの中で何かが変わっているのだとしたら、それは王としても父としても嬉しいことだったのだ。
「フォイ」
「はい」
「道中、二人を頼んだぞ」
「御意」
ヴェルデ王の言葉を受け、影のように控えていたフォイが短く返す。
こうしてシェルとゼール、そしてフォイが旅に出ることになった。もちろん自分たちの身分は隠しての旅となる。
シェルが謁見の間を出ようとしたとき、ヴェルデ王はシェルを呼び止めた。シェルが振り返ると、王はこう言った。
「ゼールのレイガーを、よろしく頼みます」
その声はどこまでも優しい、父親のものだった。
謁見の間を後にしたシェルたちは誰ともなしにゼールの自室へと向かった。部屋に入り扉を閉めた瞬間、前を歩いていたフォイがゼールとシェルを振り返る。渋面を作っているフォイは何かを言いたそうにしていた。それに気付いたゼールが、
「フォイ、何か言いたそうだな?」
そう言って先を促した。フォイはますます渋面を深くして、
「王子、旅に出るなんてよく言えましたね」
フォイの口から出たのは明らかな文句だった。それを聞いたゼールは気分を害したような様子も見せず、飄々としている。その態度がフォイの不満を更に助長させたようで、
「レイガーがいつ発露するのか分からない、不安定な状態なんですよ? それで旅に出るなど、言語道断です!」
語尾を強めて言うフォイだったが、ゼールは何処吹く風で、
「レイガーが現れたら、またいつものように自分でどうにかするさ」
そう答えるのだった。そんなゼールにフォイは大きなため息を漏らす。これ以上は何を言っても無駄なようだ。
「シェル、お前は自室に戻って休め」
ゼールはシェルに向き直るとそう告げた。シェルがきょとんとしていると、
「明日から長旅になるかもしれない。そんな細い身体で旅に耐えられるか分からないからな。休める時に休んでおけ」
ゼールはそう言ってそっぽを向くと自室の奥へと消えていくのだった。残されたシェルはまだ状況が理解出来ず、棒立ち状態だ。そんなシェルへフォイが声をかけた。
「王子なりの、気遣いでございます」
フォイの言葉にシェルは思わず目をしばたたかせた。それから少しずつ顔が熱くなってくるのを感じる。こんな時、どう反応したら良いのか、シェルには分からなかった。
「私も王子についてやることがございます。シェル様は自室でお休みくださいませ」
「分かりました。ありがとうございます」
フォイの促しに、シェルは素直に応じると隣接する用意された自室へと戻るのだった。
(明日から、ゼール様と一緒に旅、かぁ……)
シェルは自室に戻り昨日から今日の出来事を振り返っていた。
まさか来たばかりにも関わらず、獣人国を旅することになるとは夢にも思っていなかった。しかし人間国では箱入りの姫であったため、シェルはこれからの旅に期待をしてしまう。実際に獣人国の国民たちの声を聞くことも出来るだろう。
(そうすれば人間国と獣人国の真の共存についても、名案が浮かぶかもしれないわ)
シェルの中ではあくまで支配する、されるという関係ではなく、お互いを尊重し合い共存することが目的であった。そのためには、国の宝である国民の声を聞くことは不可欠だと思ったのだ。
(思えば私は、いつも与えられてばかり。それが普通だと思っていたわ)
しかし自分が何不自由なく暮らせていたのも、国民たちが支えてくれていたお陰なのだと改めて感じた。南の町は確かに治安は良くなかったものの、それでもあの活気溢れる市場の様子などを肌で感じられたのは、シェルにとってはいい経験になったようだ。
これからどんな旅が待っているのか、どんな人に出会えるのか。
そして元生贄の人間たちは無事なのか。
そんなことを考えているうちに、いつの間にかシェルは寝入ってしまうのだった。