三、極上の生贄③
そう、これからシェルはさっそく南の町へと向かうつもりだったのだ。
(多分、大丈夫ね……)
シェルは地図を見て決めたルートを何度も反芻する。それから動きやすい格好に着替えた。長いシルバーの髪を後ろで縛り上げ、ドレスからシンプルなワンピースを身に纏い、シェルは地図を片手に部屋を出る。
そうしてゼールの部屋の前を通ってから、町へと出かけるのだった。
王宮から出たシェルは驚く。目の前の光景が自分のいた人間国とは全く違う。頭の上に耳、後ろには尻尾を携えた獣人たちが多く街を闊歩している。ここは獣人国なのだから、当たり前の光景と言えば当たり前なのだが、つい先日まで自分の住んでいる王宮から出たことのなかったシェルにとっては新鮮な光景だった。
思わず足を止めてしまってシェルは、はっとする。
(南の町に、行かなくちゃ……!)
シェルは目移りしてしまう獣人族たちの姿から無理矢理目を離し、地図を見る。そうして先程部屋でシミュレーションしていた通りの道を探して南の町へと駆け出したのだった。
それからすぐに、地図にある南の町に到着した。王宮からほど近いこの町は、王宮へと物資を運ぶための要所に当たるようだ。獣人国中から物資や食料が集まっている。
(凄い、賑やかな町……)
町のあちらこちらから客引きの声が響いている。美味しそうな香りを漂わせる店先には行列も出来ている。
町にいるのはもちろん獣人が多いのだが、よくよく目を凝らせると人間の姿もあるようだった。
(ここなら、彼女たちの行方が掴めるかもしれない!)
シェルはそう思うと、まずは手近な店の獣人に声をかけることにした。
「すみません」
「いらっしゃい! 何にする?」
「あの、人を探していまして……」
「人捜しかい?」
「はい」
気のよさそうな恰幅の言い女性の獣人店員はシェルに近付くと驚いたような顔をした。
「アンタ、人間かい?」
「はい」
「悪いことは言わない。早急に国に帰りな。ここいらは今、物騒なんだ」
女性の獣人は続けた。この辺りには今、人間を狙った通り魔が出るというのだ。その通り魔は決まって人間だけを狙っている。
「特にお嬢ちゃんのようなか弱そうな人間は、いいターゲットだよ」
だから、国へ帰れ、と女性は言った。
どうやらシェルが思っていたよりもここいらの治安は悪いようだ。
(それならなおさら、彼女たちを放ってはおけないわ)
シェルは決心を新たに、獣人女性へと言葉を投げた。
「私と同じような人間の娘がどこにいるか、分かりませんか?」
「さぁねぇ。ここは毎日たくさんの物と人が行き交う。いちいち覚えてないよ」
「そう、ですか……」
シェルは思わずがっくりと肩を落とす。それから獣人女性へお礼を言うと次の聞き込みのために店を出た。
そうして何件かの店で聞き込みを行ってはみたが、みな一様に答えは同じだった。
(どうしよう……)
やはり自分一人で見つけ出そうというのはどだい無理な話だったのだろうか?
シェルがすっかり肩を落としていると、
「お嬢ちゃん」
突然背後から声をかけられた。シェルが驚いて後ろを振り返ると、そこには背の高い、獣人にしては細身の男性が立っていた。シェルの視線を受けた獣人男性が再び口を開いた。
「お嬢ちゃんが探してる人間の娘、俺、知ってるよ」
「本当ですかっ?」
思わず食いつくように言葉を返したシェルに、獣人男性は臆することもなく頷いた。
シェルにとってはこの状況で、地獄に仏であった。
獣人男性は続ける。
「良かったら、案内してやるよ」
シェルはしばらく考えたが男性の提案に乗ることにした。獣人男性は、ついてこい、と言うとシェルに背を向けるのだった。
夕暮れ時の長い影が伸びる時間だった。
シェルが男に連れられたのは人気のない路地裏だった。低くなった日の光はここまでは届かず、建物の影で薄暗いその路地裏で、男は立ち止まる。
「どうなさいましたか?」
シェルも男にならって立ち止まったが、前を行っていた男はくるりと振り返ると、
「この辺りにいたんだよ」
そう言ってシェルに近付いてくる。その目は全く笑っておらず、シェルは思わず後ずさってしまった。そんなシェルを追い詰めるように男はじりじりと近付いてくる。ここでさすがのシェルも、男についてきたことを後悔した。
「人間の娘は、ここにいるんだよ。そう、『ココ』に、ね?」
夕暮れの影が男の顔色をますます悪くする。シェルはとうとう壁際に追い詰められてしまった。そんなシェルの様子に男の口元がニヤリと歪む。徐々に距離を詰めてくる男に、シェルは何とか口を開いてこう尋ねた。
「人間の女性を何人も、こうやって捕まえたのですか?」
そのシェルの声は剣呑としたものだった。男はニヤリと笑みを深くするだけで答えなかった。シェルはもう一度、同じことを尋ねた。
「他にも、こうやって捕らえたのですか?」
「だったらどうする?」
男の声は心の底からシェルを馬鹿にしたような響きを持っていた。そんな言葉を聞いたシェルの顔から表情が消える。シェルのブルーの瞳が冷たい輝きを放ち、そうしてシェルの口から出た言葉も冷たいものだった。