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三、極上の生贄②

 以前はあまり感情が見えなかった細い目を、今は大きく見開いている。フォイはそんなゼールの様子を気にする素振りも見せずに言葉を続けた。


「本日から、ゼール王子の世話係を務めることになった、シェル様です」

「フォイ……、まさか、これは……?」

「はい、そのまさかでございます」


 ゼールの言葉にうやうやしく返したフォイだったが、その返答を聞いたゼールの口からは大きなため息が漏れた。それから(あき)れた視線をシェルに向けると、


「お前さ……、まさか自分から『極上の(いけ)(にえ)』に志願したとか、ないよな?」

「えっ?」


 ゼールの言葉にシェルの身体が思わず硬くなる。その様子を見たゼールは今度こそ(あき)れかえったようだ。


「一国の姫が他国の(いけ)(にえ)に志願するなんて、バカも過ぎるんじゃないか?」


 ゼールのこの言葉には明らかな侮蔑が含まれていた。さすがのシェルも言われっぱなしではいけないと思い、


「私にだって、知りたいことがあって志願したのです!」

「ほう……? 何が知りたいんだ?」


 シェルの言葉を聞いてもゼールの小馬鹿にしたような態度は変わらない。そんな態度を感じながらもシェルは言葉を続けた。


「今まで獣人国へと送っていた生贄のことです!」

「今までの生贄?」


 シェルの言葉に虚を突かれたのか、ゼールが少し目を開いて聞き返してきた。そこでシェルは先程、ヴェルデ王と話した内容をもう一度ゼールにも話した。


「誰も帰ってないのか?」

「そうです! だから、彼女たちの消息を(つか)むため、私はここに来たのです!」

「……」


 シェルの言葉を聞いたゼールが少し考えた素振りを見せる。それから黙って(そば)に控えていたフォイへと視線を投げると、


「フォイは何か知っているのか?」

「彼女たちは、この宮殿から南の町に向かった、としか私も知らないですね」

「それは確かな情報か?」

「はい」


 ゼールはフォイの言葉にしばらく考える素振りを見せたが、無言のまま部屋の奥へと消えて行ってしまった。それからしばらく待っていると、再びゼールが戻ってくる。その手には何やら紙が握られていた。それを机の上に広げる。


「シェル、来い」


 それから唐突にシェルの名を呼んだ。シェルは突然の呼び捨てに驚いたが、


「何をしている? 来いと言っている」


 ゼールの言葉に自分の置かれていた立場を思い出した。

 そう、今シェルはかしずかれるだけの姫ではないのだ。そう気付いたシェルはすぐにゼールの傍へと向かった。そんなシェルの様子をゼールは満足そうに見ている。

 ゼールが広げた紙は、どうやらこの獣人国の地図のようだった。


「お前、地図は読めるのか?」

「馬鹿にしないでください。地図くらい読めます」


 さすがのシェルもゼールの言葉にムッとして反論してしまう。ゼールはそんなシェルに気を悪くした様子も見せず、では、と言って説明を始めた。


「俺たちのいる宮殿がここだ。ここから南、この町に生贄だった人間たちが向かったことになる。この地図はやるから、気になるなら自分で探せ」


 思わぬゼールからの言葉にシェルはその端正な横顔を見上げてしまった。その視線を受けたゼールはニヤリと笑った。


「お前、俺の世話係になったんだろう? じゃあ、俺を退屈させるな。箱入りの世間知らずなお姫様が、他国で人捜し。言い見世物だろう?」


 ゼールはそう言うと、話はこれで終わりだと言わんばかりにシェルに背を向けた。


(つ、つまり、これは……?)


 その場に残されたシェルの思考が固まる。そこへ二人のやり取りを見ていたフォイがやってきた。


「シェル様、ゼール王子の最初のお世話は、王子を退屈させないこと、でございますね」


 フォイの言葉に固まっていたシェルの思考が動き出した。

 つまりこれは、ゼールにとって自分は道化師、と言うことだろうか。

 シェルは最初の印象とは全く違うゼールにまんまと振り回されてしまったようだ。しかし、


「分かりました。王子のご希望通り、私は自分で今までの生贄を探します」


 シェルも負けず嫌いが発動したようだ。

 言われっぱなしでは(しゃく)である。自分が道化師と言うのであれば、見事に道化を演じてやろうではないか。


(そうして、ゼール王子をあっと言わせてやるわ)


 シェルはそう決心するのだった。 


「それではシェル様、これからシェル様が過ごすことになるお部屋へと案内致します」


 ゼールが部屋の奥へと姿を消したのを見届けて、フォイがシェルへと声をかけてきた。シェルは、分かりました、と返すと再びフォイの後ろを追う。


「こちらでございます」


 フォイに案内された部屋はゼールの部屋の隣だった。()(れい)に整えられた調度品の数々はきらびやかで、いかにも王族のものと言った風である。


「こちらのお部屋は、ゼール王子の(いけ)(にえ)となる方のためのお部屋になります」


 フォイはそう説明した。それから一礼をすると、ごゆっくり、と言葉を残して部屋を出ていった。残されたシェルは部屋の中をぐるりと見渡すと適当なテーブルの上に先程ゼールから渡された地図を広げる。

 こうして見ると、人間国と変わらないくらい獣人国の国土も広大だ。地図の中心にある建物が、今いる獣人国の宮殿と言うことになる。


(今までの生贄たちは、南の町に向かったと言っていたわね)


 シェルは王宮から出て、南の町へと行く道のりを考える。


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