◆第7話 「優ー2」
◆優
「優、どうしてあんなこと言ったの?」
帰り道、ミドリが私にそう聞いた。私はアスファルトに刻まれた白い線を辿りながら、頭の中の記憶を探していた。
「あんなことって?」
「高橋君にさあ」
「えっ? だってそう感じたから」
するとミドリは笑った。
「優、やっぱり精神科医にはむいてないよ」
私はちょっとムッとした。
「じゃあ、なんて言えば良かったの?」
「高橋君でしょ? 頭もいいし、優しいし、割と器用になんでもこなすのに、それでいて偉そうな態度もとらないからみんなから好かれていて、すごくいい人」
そんなんミドリの主観で分析になってない、なんて言わなかった。
「ミドリ、高橋君のこと好きでしょ?」
そう聞くと、ミドリは
「うん? そんなことないよ」
なんてとぼけてた。
ミドリと私は小さい頃からずっと一緒にいた。ミドリは私の親友だった。ミドリはかわいい。
小さい頃のことを思い出す。
ミドリは昔から素直でいい子だった。にへって笑う笑顔がぎゅうっとしたくなるくらいかわいくて、だから、誰からも好かれていた。それは小学校の先生とか、友達のお母さんとかも一緒で、みんなミドリに会えることが楽しみだった。
私はそんなミドリと一番、仲がいいのが自慢だった。ミドリが大人からかわいいねえって褒められると、横にいた私の方が妙にうれしそうににやにやしてた。そんな私を見て、大人はたいてい、あなたに言ったんじゃないのって顔をしていたけど、そんなこと私には気にならなかった。
私はミドリを好きだったけど、それ以上にミドリは私のことを好きだって知っていたから。大人が私のことを邪険にしても、それはきっとミドリを一人占めしている私がにくたらしいんだって思っていた。だから、私は大人から陰口をたたかれても、全然平気だった。
「ねえ、知ってる? あの子って……」
「そうなの? どうりでかわいげがないと思った」
「ミドリちゃんもどうしてあんな子と仲良くしてるのかしらね」
「きっと、やさしいから、一緒にいてあげてるんじゃないの?」
「そうかしらねえ。それにしたってねえ……」
そんな話を聞いても、私、ちゃんと知っていた。ミドリのにへって笑顔、私に見せるのと、他の人に見せるのは全然違っているって、そんな話、嘘っぱちだって分かっていたし、ミドリの笑顔を見るだけで、そういったもやもやも全部吹き飛んで、ミドリが私を好きだってちゃんと確信を持つことができた。
そういった類の話を聞いたのは一度や二度じゃなかったけど、私とミドリの友情がそんなくだらない会話で崩れることはなかった。おかげで小さいときから今まで、私たちはいつでもずっと一緒だった。
そんな事を思い出しながらうわの空、気づいたら目の前にミドリの顔があった。ちょっとぼうっとしてたみたい。そんな私をミドリがのぞき込んでいた。
十六歳になったミドリはやっぱりかわいかった。大きな目と透き通った唇。女の私でも、黒目の大きなこの瞳にこうやってのぞき込まれると、ちょっとくらっとくる。クラスの男子どもが同じことをされたら、もう「好きです」とかって絶対言っちゃってる。高橋君を除いて。
ミドリがいつまでも私の顔をのぞき込んでいるので、私はミドリのほっぺをつねった。
「ひどーい、優」
私は怒っているミドリを見て笑った。
「ごめん、ごめん。ちょうどつねりやすい位置にあったから」
そう言うと、ミドリは何それって言いながらも一緒になって笑ってた。
たぶん、それが本当に笑っているミドリを見た最後だと思う。