◆第6話 「高橋 仁志ー2」
▲高橋 仁志
優に「精神科医にならない方がいい」って言ったのは本当の気持ちだった。優が言ったことはほとんど寸分違わずにあっていた。だから、逆におかしく感じてしまって、僕は笑い出した。
どこで分かったのだろうか?
僕は人というものをよく分かってるつもりだ。だから、どうすれば人から好かれて、どうすれば嫌われるかということをよく分かっている。僕にとって重要なのは、「人からどう思われるか」じゃなくて、「人にどう思われたいか」だった。
あなたのお気の召すままに、その言葉通りに、僕はその人にとって一番都合のいい「僕」になることができた。それは小さい頃からそうだったし、高校生になった今でも変わっていなかった。
たぶん、僕に対する印象はみんながみんな違うだろうと思う。僕は時には優しくなるし、リーダーのようにふるまったりしてみたり、優柔不断にもなるし、頼りない人物にもなる。
普通だったら大人になるにつれて、そういったことはしなくなるものだ。もちろん大なり小なり、誰だって何らかの演技をしている。こう見られたいって気持ちが誰にだってある。裏表がない人はいないし、相手によって態度が違うのなんて当たり前だ。
だけど、大人になるにつれて、子供のころにやっていたような単純な嘘はだんだんと見破られていく。だから、演じているといっても、それは限定された領域での演技に過ぎない。好きな人の前だけ、先生と話をする時だけ、学校にいる間だけ。
だけど、僕がこれまでどんだけみんなの前で違う人を演じても、誰もそれに気づかなかった。だから僕はその嘘をやめるきっかけを失って育ってきた。
もちろん、誰もがまったく気づかなかったわけではない。中には勘の鋭いやつもいる。クラスの中に一人か二人、大抵そういうやつがまじっている。
「なあ、高橋って何考えているか分からなくない?」
教室に入るときに、偶然、耳に入ってきた。
「そう? あんまそんな風には思えないけど?」
扉に手をかけたまま、僕はタイミングを待っていた。
「いや、でも時々、妙なひっかかりがあるんだよなあ」
「なんかあったの?」
「うん? いや、具体的にどうこうって話ではないんだけど……」
「なんだよ、それ。なんかの思い過ごしじゃね?」
「でもなあ、なんていうのか。顔は笑ってるんだけど、目は笑ってない気がするっていうか」
「考えすぎだよ。あいつ、いいやつだよ?」
「まあ、確かに、いいやつなんだけどさ……」
僕はその瞬間、扉をあけて、友達に「よ、おはよう」って。一瞬、びくっとした二人にとびきりの笑顔を見せた。驚いた二人の顔が、つられて少しほころぶまで笑顔を続けた。
小声で話す声が聞こえる。
「な、勘違いだろ?」
「う、うん」
だけど、そういった者でさえ、違和感を抱きながらも、僕の本質に迫ることはできなかった。何かおかしいという直感はあっても、気のせいかなと押しとどめてしまう。彼らが迫ってくるのは、そのレベルまでだった。
今まで生きてきた中で、僕のことを本当に見ることができたのは、たった一人しかいない。
優は二人目だった。
優は僕のそういった小芝居(そう僕のやっていたことは小芝居と呼ぶのが一番ふさわしい)に振り回されずに、ちゃんと僕をとらえていた。
優は絶対に精神科医にならない方がいい。
僕は強くそう思った。優が精神科医になって、患者のことをあんなにずばっと言い当ててしまったら、きっと自殺者が増える。