8 守り神になるぞ!
スクルドはアリーことアリアンをとにかく実の妹のように可愛がった。特にアリアンがよちよち歩きを始めると、彼女の従兄妹のヴァーリがアリアンに少しでも触れようものなら、大事な宝物を奪われてなるものか、という勢いで彼女を自分の方に引き寄せて抱きしめた。
「アリーは僕の守り神なんだよ。だから彼女に触らないで。アリーのお鼻の上に七つのお星様があるでしょう。これは僕を導いてくれる為のものなんだ」
スクルドは乳母のノルンが読んでくれた『七つの星のお導き』という絵本が大好きだった。
その絵本には一人ぼっちで寂しい王子様が、七つの星の導きで次々と苦難を乗り越えて、やがて英雄となって自分も人々も幸せになるというお話だ。
その当時はまだ、スクルドは自分の置かれた厳しい状態などまだ何も分かってはいなかったのに、何故かその話に夢中になっていた。そして、その読み聞かせをしてくれた乳母の腕に抱かれる赤ん坊を見た時、この子が自分を導いてくれて幸せにしてくれると思い込んだ。
何故なら、赤ん坊の小さな鼻の頭の周りには、よく見なければわからない程小さなそばかすのような黒子が七つ散らばっていたからだ。
しかし、自分より年下、しかも赤ん坊を見てどうして自分を導く者だと思ったのか、その時側にいた者達は思った。ただ乳母のノルンだけがそれを聞いた後ニコニコしながら、スクルドにこう語りかけた。
「ええ、そうですとも。この子はスクルド様の守り神ですよ。だから殿下もこの子の事をかわいがって下さいませね」
「うん。もちろんだよ。アリーは世界一かわいいもん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「世界一かわいい・・・」
ヴァーリの語ったその言葉にアリアンは真っ赤になった。そう、スクルド様はいつも自分の頭を撫でながらいつもそう言っていたっけ。
そして自分はスクルド様の守り神なのだから、誰よりも強くならなくてはいけない、そう思って必死に鍛錬を続けてきたのだった。
「全て思い出したのか?」
ヴァーリの言葉にアリアンは頷いた。
「お母様の名前を聞いた時、消されていた記憶を全て思い出した。多分、それが記憶を取り戻す為の鍵だったのね。道理で父との会話の中で母の名前がでなかった訳だわ。
母は幼い頃に亡くなったと思い込んでいて、母の事を考えた事がなかったけど、それって酷く不自然な事よね。自分の母親の事を思わないなんて」
「叔母上の事を思い出せば、必然的に城内の事を全て思い出してしまうからな。叔父上は醜いもの、汚いもの、おぞましいものをからお前を守りたかったんだ。
だが、いずれ必要な時にはきちんと思い出せるようにしておいたんだ。だからけして記憶を消したわけじゃない」
ヴァーリの言葉にアリアンは立ち止まり、下を向いて震える声でこう尋ねた。
「ヴァーリさん・・・」
「ヴァーリ兄様だ。お前は私をそう呼んでいただろう」
「ヴァーリ兄様、お母様はあの後どうなったのでしょうか? わ、私のせいでお母様は反乱分子に切られましたよね。お母様、今・・・」
四年前、国王陛下が突然倒れてから、冷や飯を食わされていた前国王時代の側近連中達が反乱を起こしたのだ。王妃を後ろ盾にして。
国王は薄れゆく意識の中でも第一近衛騎士団に命じた。側室のダーナとアーノルド王子を城外へ逃がせと。絶対に死なせるなと。
しかしスクルドことアーノルドは自分は残ると言い張った。王子が城を捨て逃げるなどあり得ないと。王子の身分を捨てる気ならば逃げもしよう。しかし、自分はこの国を守るよう神から啓示を受けている。故に逃げる訳にはいかないと。
息子が残るなら母親の自分が逃げる訳にはいかないとダーナは言ったが、彼女が人質にでもなれば、国王やアーノルド王子が身動きがとれなくなる。
それにスクルド様には国を救うという神の啓示が出ているからけして死ぬ事はないとノルンにそう説得されて、ダーナはノルンやアリアンと共に城から脱出する決心した。そして第二近衛騎士隊の先導で離宮から出た所で、突然アリアンが母親のノルンの手を振りほどいて離宮の方へ戻ろうとした。
「アリアン! 何をしてるの! 逃げるのよ! 追っ手が間もなく来るわ! 早くいらっしゃい!」
ノルンは叫びながら娘の後を追った。しかしアリアンは振り向きざまに叫んだ。
「お母様はダーナ側妃様をお守りしてお逃げ下さい。でも私はスクルド様の守り神ですから、私はスクルド様の側に残ります!」
「アアアッ・・・・・!
アリアン、駄目よ、戻りなさい。お母様と一緒に行くのです!」
ノルンは半狂乱になって娘の後を追いかけた。すると離宮への抜け道の手前でアリアンが足を止めたのでようやく彼女は娘に追いついた。しかし目の前には反乱分子が立っていた。
ノルンがアリアンに覆いかぶさった瞬間、背中を剣で突かれ、彼女は娘を抱いたまま地面に倒れ込んだ。
「お母様ー!!!」
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アリアンは全ての記憶を取り戻したと思った。しかし、母親が自分を守ろうとして倒れた後の記憶が無かった。恐らく、母親が刺されたショックで気を失ってしまったのだろう。いくら父親や伯父、幼馴染みと訓練を重ねていたとは言え、真剣による戦いなどしたことのないまだ十二歳の少女だったのだから。
自分のせいだ。自分が勝手な行動をした為に母は剣で突かれた。もしかしたらあの時母は死んでしまったのかもしれない。だから父親は自分の記憶を消したに違いない。両手足がガタガタと震えた。アリアンは今までどんな魔物と向き合った時だってこんなに恐ろしく思った事はなかった。