6 愛する人を守るぞ!
ルーカンドの現国王陛下は、王太子の頃からずっと一人の少女を愛していた。しかし彼女は行儀見習いの為に城で女官見習いをしていた商家の娘だったので、当然結婚などできる相手ではない。
そしてその娘が王太子の想い人だとわかれば彼女の身が危うくなる。それ故に彼をその想いを、ずっと胸の奥底に一人でしまい込んでいだ。
やがて王太子は政略結婚で候爵家の令嬢と十八歳の時に結婚をし、すぐに第一王子を授かった。しかしこの結婚生活は幸せなものではなかった。妻は美人だったが、派手好き、贅沢好き、パーティー好きで、静謐な生活を好む王太子とは真逆だったからだ。
そして王太子は二十歳の時に、父親である国王の命令で別の伯爵令嬢を側室に持ち、翌年第二王子を授かった。最初は王太子妃とは真逆のおとなしい女だと思っていたのに、子供を生むと彼女の性格が変わり、王太子妃に対抗意識をむき出しにして、なんでもかんでも競い出した。王太子の心は更に疲弊していった。
それから間もなくして父親である国王が亡くなって、王太子は国王に即位した。
元王妃だった母親は既に他界していたので、新国王はもう誰の顔色を伺う必要もなった。そこで初恋の女性をようやく側室として迎え入れた。いったん側近の伯爵の養女にするという手順を踏んで。
この時始めて周りの者達は、国王の長年の想いを知る事となった。特に正妻である新王妃にとっては青天の霹靂だった。
彼女は今の今まで敵として争っていた側室とすぐに手を組んだ。なんとしても平民上がりの女に夫の寵愛を受けさせてなるものかと。
もしこの女が王子を産み落としたら、国王はきっとその息子を王太子にしてしまうだろう。それだけはなんとかして阻止しなければならない。
彼女達は取り巻きを使って、薬で彼女に子供ができないよう細工をしようとしたり、怪我をさせようとしたり、誘惑しようとしたが、どれも徒労に帰した。愛する女性を迎え入れる為に、国王は彼女を守る為の対策を前以て色々と講じていたからである。
国王は即位と同時に王宮の近衛騎士を全て入れ替える人事を強行していた。自分の最も信頼している幼馴染みで身の周りを固めたのである。
第一近衛騎士隊は王宮全般の警備を担当。隊長はモンドール子爵でブラギの父親だ。
第二近衛騎士隊は後宮の王妃と第一側室の警護(監視)を担当。隊長はウォーレン伯爵でヴァーリの父親だ。
そして第三近衛騎士隊が離宮の第二側室の警護を担当。隊長はグリームニル伯爵。そう、アリアンの父親のカラドックだった。
国王は初恋の女性ダーナを離宮に住まわせ、彼女の元だけに日参した。
ダーナは平民とは言っても大商人の娘で行儀見習いの意味合いで城に上がっていた。その為学校もトップの成績で卒業したほどの才女で、美しいだけでなく、貴族令嬢に負けないほどの教養を持っていた。
その上使用人として働いていたので、人の心の機微を読む事にも長けていた。故に、王妃と側室、そして自分と、女性三人の元を平等に訪れて欲しいと国王に懇願した。
しかし七年近く想い続け、ようやく愛しいダーナを自分のものにする事ができたのだ。国王に他の妻への配慮などをする余裕がある筈もなかった。
国王と結ばれたダーナは、その二年後に玉のように丸々とした元気でかわいい男の子を生み落とした。国王は大喜びでその子にアーノルドという名前をつけた。
アーノルドとは、二百年前に最後の生き残りのファイアー・ドラゴン王を倒して、現在のルーカンド王国を建国した英雄の名だ。
しかし母親のダーナは『過去の英雄だけを目標にするのではなく、新しい未来を自らの手で切り開いて欲しいわ』と言って、スクルドという名前をセカンドネームにして欲しいと国王に頼んだ。
慎ましやかなダーナはほとんど国王にお願い事をする事はなかった。それ故に彼もできるだけ彼女の望みは叶えてやりたいと思った。しかし、王家の男子の名前は過去の英雄から付けるべし! という不文律がある為にそれを認めてやる事は出来なかった。
それでも愛称として、公の場以外は、両親や周りの側近、護衛達も、アーノルドの事をスクルド(様)と呼ぶようになったのだった。