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うなぎ大王

作者: M六

「うなぎの養殖技術を開発しよう、まだ誰も成功していないんだ、この惨めな生活からも卒業できるんだ」

 勢い込んで話す私を、じっとりとした目で彼女は見つめて言った。

「私たちはしがない会社員で、ここは立派な研究所でもない訳だけど」

 彼女が高校時代の旧友とランチをするというので出かけている間に私が見ていたテレビの特集番組が伝えるところによれば、うなぎは近々絶滅するだろうという。日本人が乱獲しすぎたのが原因だそうだが、外に出れば変わらず高級うなぎ専門店が蒲焼きを焼き続けているし、スーパーにもうなぎは並んでいる。これらがある日を境にさっぱり食べられなくなるというのは、どうも現実感の湧かないことだった。


 漫然とテレビを見ていた私に、白昼夢の様に唐突にベンチャー起業のイメージが閃く。そして夜になって帰ってきた彼女に、意気揚々とスケッチブックに書いた計画を説明しているのである。

「シリコンバレーで投資家たちにプレゼンするんだ。彼らは東洋の未知の食文化に興味津々で、僕たちの話を聞きながらうな重を口いっぱいに頬張っている。成功間違いなしだ。それに一つの種族を助けるんだ、社会にとっても地球にとっても良いことだよ。もちろん、名誉と一緒に大金も転がり込んでくる。そしたら、そしたら、、広尾に大きな家を建てよう」

「うなぎ御殿ね」

 私たちはうなぎを通販で一匹購入して飼い始め、うなぎ大王と名付けた。彼女は私が養殖技術を発明できるとは思っていない様であったが、物珍しさからか次第に乗り気になって、大きめな水槽を選んできてくれ、うなぎが食べる餌を調べて買ってきてくれ嬉しそうにやっている。


 うなぎ大王を飼い始めて数ヶ月が経った日、夕食を終えて水槽の水の取り換えををしながらテレビを流していた私の目に、うなぎ全面禁漁のニュースが目に飛び込んでくる。絶滅の最終段階に入ったための措置であるという。どうせ絶滅するなら禁漁なんかせずに最後の一匹まで取り尽くしてしまえばいい、と蒲焼きを模したプラカードを掲げたデモ隊が永田町を練り歩く。私の技術開発は間に合わなかった。分かったことといえばうなぎ大王が機嫌が良いと思われる時は寝床とした筒の中に入って口をパクパクさせることくらいで、どこかに発表する様な成果は何も無い。このまま飼い続けてうなぎ大王が長生きしたらうなぎの最後の一匹になる可能性もあり、そうなれば養殖など考えても無駄である。


 悲嘆にくれながら眠りにつく私に返事をする代わりにうなぎ大王は夜の闇の中に溶けていき、その晩見た夢の中で、巨大化した化け物うなぎになって演説をする。そこは宇宙のどこかにある一面海に覆われた惑星で、人間は巨大なうなぎ達によって食い尽くされ、絶滅の危機に瀕している。うなぎ大王は海中の講堂に集まった聴衆に向かって話をしていた。空気が入った特別な容器の中に私は全裸で閉じ込められ、化け物うなぎ達の視線を浴びている。うなぎ大王が話すたびに、がばがばと口から泡が漏れる。

「おほん、皆さんご承知の通り、人間の蒲焼きはとても美味しく、栄養があるというのでうなぎ達の乱獲の餌食になってきた。その結果、絶滅の危機に瀕しているのである。我々はこの哀れな種族を、保護し増やしていかなければならない。人間の安定的な供給こそ私たちの食文化を守り、未来に向けてそれを継承せしめていくものであるからして、、」


 朝起きるとうなぎ大王が水槽から飛び出して床で息絶えていた。彼女は泣き、私も悲しく、どうしたものかと思ったが、焼いて、わさび醤油で食べた。

「美味しいわね」と彼女が言うので、こいつは頭がおかしいのではないか、さっきまで泣き、昨日まで可愛がって一緒に餌をやっていたではないかと思う。しかし、うなぎ大王が仮にうなぎの最後の一匹だったとして、最後の一匹まで美味しくいただけるというのはおそらく良いことだと考え直す。自分の死がそのまま種族の終わりだとしたら、その死は何か違うものになるだろうか。

「人間が最後一人になったらどうするんだろう」と私が聞くと、

「そうなったら出来ることなんて無いし、あんまり今と違いがあるとも思えないわね」と彼女が言う。

「しかし会社も無いから仕事に行かなくてもいいな」と私が言うと彼女はシリコンバレーに行けなくなったことが残念そうな顔をする。うなぎ大王が床の上で息絶える時に布団でだらしなく寝ていたことが悔しく、せめてどこかの空き地に骨を埋めて墓でも作ってやろうと話した。


 テレビのニュースでは得体の知れない深海魚を代替うなぎとして紹介していた。うなぎの禁漁で経営が危ぶまれるうなぎ屋もこれまでのノウハウを活かしてその魚の蒲焼きを焼いていくことでしょうと乾いた笑顔で女性キャスターが言い、スタジオではゲストの経済評論家が代替うな重を口いっぱいに頬張っていたが、あまり美味しくなさそうだと思った。

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