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第三世界収容所  作者: 富士見永人
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第四十二話――不思議の大陸(ワンダーランド)

 ブリーゼに眼を潰されたあのリーダー格の天使フロセルビナがこのまま引き下がるとも思えなかった堕天男(ルシファー)たちは、アルメルの魔法によってふたたびアルカイア領グロック山脈奥地の洞窟内にある黒き翼の組合ダークウィング・ギルドのアジトへと帰還(ワープ)した。

「改めて自己紹介しとくか。俺はグレイオ。黒き翼の組合ダークウィング・ギルドのリーダーをやってる。お前のことはシーから色々聞いてるよ。まあよろしく頼む」

 グレイオは堕天男よりだいぶ小柄だが、その身に背負いし漆黒の巨大な魔剣からほとばしる禍々しい魔力(オーラ)が彼の実力を物語っていた。

 そう、今ここにはグレイオ含め組合(ギルド)のメンバーが六人集っていた。

 普段は第三世界収容所に囚われし仲間たちを救うべくバラバラに活動しているそうなのだが、今日は新入りである堕天男の顔合わせ、そしてシーに起きた異変と、彼女をどう救うかについて作戦会議を行うため、グレイオの指示で急遽集まったのだ。

「ぼくの完璧な回復魔法(ヘルブリード)により、シーの全身複雑骨折は完治しました」地獄から何か召喚するような名前の回復魔法をシーにかけ続けていた組合の〈闇医者〉ダーク・ジャックが、しかしわけがわからぬと言わんばかりに首をかしげていた。「が、せっかく眼を醒ましたのにごらんの有様です。これは身体の物理的欠損ではなく、精神あるいは魔法関係の疾患かと」

「アハハ、アハハ、アウアウ」

 虚ろな眼で天井の一点を見つめ、赤子のように手足をばたつかせるシーは、もはや完全に別人、いや廃人であった。

 グレイオがやれやれと頭を抱えた。

「これはひどいな。いったい何をどうすればこんなことになるんだ? まったくわからん」

 組合のリーダーでもお手上げらしい。

 革製の古びたソファに腰かけながら、グレイオは隣に座っていたアルメルに訊ねる。

「俺は魔法に関してはからきしでな。アルメル、何かわからないか」

「そうですね」

 アルメルはソファから立ちあがり、まるで医者か看護師のようにシーの身体の各部に触れたり、呪文か何かか、意味不明の言葉で語りかけていた。

 アルメルの顔が徐々に曇り、そして診断が終わったのか、残念そうに(かぶり)を振った。

「彼女の〈魂魄〉に語りかけましたが、反応がありませんでした。おそらく魂の大部分が欠落してしまったのでしょうね。残念ですけれども、私にはどうにもできませんわ。精神操作系の魔法による発狂ならまだ手はあったのですが。〈万魔典(パンデモニアム)〉、何かわかりますか」

 アルメルはシーのベッドの(かたわ)らで湯船に浸かっていたブリーゼに訊ねた(湯船と言っても失われし下半身(からだ)を再生するための治癒精霊水だが)。

「おそらく、魔力を使い果たした状態で、無理をして転生魔法を使ったのね」ブリーゼは魔族と化した堕天男をちらと見て、アルメルの問いに答えた。

「俺を生き返らせるためにか」堕天男の声は震えていた。

「というよりは、あなたの魂を暗黒神に売り渡して、代わりに魔族の肉体を与えて助けようとしたんだと思うわ。魂が肉体から離れてしまえば、もはや私でさえもどうにもできない。だから転生魔法なんて代物を」

 ブリーゼの言を遮り、堕天男は否定されたくないと願いつつ。

「シーのやつ、大丈夫だよな。しばらく休んだら、きっと前みたいに」

「それはわからない。転生魔法は私ですら全魔力を捧げてようやく成立する大魔法。本来ならば、何十人もの熟練魔道士が魔力(マナ)を出しあって使うものなの。それを彼女(シー)ひとりの魔力で実現しようとすれば、魔力は即座に()()し、その魂までをも神に()()()()()()()

「アハハ。アウアウアー」

 まるで重度の認知症か知的障害を患ったかのように、(うつろ)な眼で堕天男に手を振る、()()()()()()()()()

「壊れてる」

 数カ月一緒に暮らしていただけだったが、しかし共に背中を預けて第二世界を生き延びた相棒(シー)の変わり果てた姿を見て、堕天男の眼に涙が湧きあがった。

「どうにかならないのか。ブリーゼ」

 もはやなりふり構わずブリーゼに縋る堕天男だったが、「解決策はない」と言わんばかりに顔を背けられ、第三世界でブラック労働に明け暮れていた時と同等か、それ以上の絶望感が、彼を支配した。

 が、数秒後、ブリーゼが何かを思いついたように眼を見開き、その視線を天井へと向けた。

「もしかしたら、の話だけれど」

 場の一同の注目が、ブリーゼに集中する。

「禁呪・魂魄毒(アルマ・エメラ)に効く神の酒がある、と、昔文献で読んだわね。魂の欠損に有効なら、シーの症状にも効くかもしれない。少数民族〈ラフロイグ族〉だけが製法を知っていて、大戦末期に使われていたとか」

「大戦?」堕天男が読者を代表して疑問を口にした。

「百二十年前にあった、唯一神(ガイウス)率いる天使軍と暗黒神(ヘル)率いる魔族軍が起こした世界規模の戦争のことですわ。結果唯一神(ガイウス)側が勝利し、どっちつかずだった人類は天使の支配下で(ルール)に縛られた息苦しい生活を余儀なくされることに」耳元でささやくように、アルメルが解説してくれた。何だか(トゲ)のある言い回しだった。

「ラフロイグ族か。天使どもの監視から逃れて北アルカイアのジャングルの奥地で隠居してるって話を前に情報屋から聞いたな」グレイオが言った。

「北アルカイアってどこだ」堕天男が問う。

「ああ、堕天男は第一世界に来てまだ日が浅いんだったな。今俺たちがいるアルカイア王国のある南の大陸全土が、アルカイア大陸と呼ばれている。北アルカイアはその北方にある。一応地続きだが、別世界と言っていい」

 グレイオの解説を引き継ぐように、ブリーゼが続けた。

「北アルカイアは手つかずの自然が残る未開の地。凶悪な未知のモンスターがウヨウヨいて、毎年多くの探検隊や冒険者が行方不明になっているわ。人呼んで、〈不思議の大陸(ワンダーランド)〉」

「とはいえ、現状シーを救う手がそれしかない以上、〈黒き翼の組合ダークウィング・ギルド〉としては……いくしかないな! ワンダーランドに。わくわく」

 あふれ出る冒険心を押さえきれないのか、少年のように屈託のない笑みを浮かべるグレイオに、闇医者ダーク・ジャックが付け加える。

「ラフロイグの魔酒の噂は、ぼくも聞いたことがあります。百二十年前の大戦で魔族側が暗に利用していたと。嘘か本当かは知りませんが、神を殺して釜に放りこみ、発酵させて造っているとか何とか。魂魄毒(アルマ・エメラ)は今でこそ魔族が使う禁呪ですが、もともと天使軍が魔族を根絶やしにするために生み出したらしいです」

 何だかやばそうな気配がプンプンしてきた。

「よし、決定だ。これより俺たち組合(ギルド)はワンダーランドへ行く。異論のあるヤツはいるか」

「異論というわけではないけれど」

 アルメルが口を挟む。

「シーをここに残していくのは少々心許ないですわ。誰かはここに残った方が良いかと」

「それなら私が残るわ。まだ足生えてないし」ブリーゼが湯船から身を乗りだして言った。

「あなたも手負いですから」

 そうアルメルが言いかけたところで、ブリーゼからまるで見せつけるように、膨大な量の魔力が湧きあがった。先ほどまで天使長フロセルビナに瀕死の重傷を負わされたとは思えぬ〈(プレッシャー)〉であった。

「私のことなら心配ご無用。下半身がなくなったくらいで天使どもに遅れをとるほど堕ちちゃいないわ。馬鹿弟子ひとり抱えたところで天使軍を根絶やしにしてこの世界の半分を焦土にするくらいわけなくってよ。まあダーリンまで行っちゃうのはちょっと淋しいけど」最後に淋しそうに眼を伏せるブリーゼが、堕天男には何だか可愛らしく見えた。

「私の杞憂だったみたいですわね」

「問題ない。堕天男の鍛錬はこっちで引き継ごう。アンタはゆっくり治療に専念しててくれ」グレイオが堕天男の肩をポンポンと叩いた。

「あ。ちょっと待ってダーリン」

 ブリーゼは何か閃いたように頷き。

「魔族に転生したんでしょ。魔族は人間と比べて肉体も強靭だけれど、何より強力なのは魔力(マナ)の量。ひと皮剥けたダーリンには、新しいとっておきの魔法を教えてもよさそうね」

「おい。ゆっくり教えてる暇は――」

 制止するグレイオに、しかしブリーゼは。

「大丈夫よ。ちょっと()()()()()()()()()だから」

 言うや、上半身だけの姿で宙に浮き、堕天男を連れて外へと出て行った。


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[一言] 一気読み終了 正直はじめは意味わかんなかったし ???が止まらんかったし 規約ギリギリで作者あほか?なんて思ったりもしましたが 独特のテンポとランキング上位の作品と比べても遜色のない特に中盤…
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