第三十四話――魔法殺しの剣
「貴女様は今、こう考えていらっしゃいますね? 『天使たち百体が相手では、あの馬鹿弟子たちに万にひとつも勝機はない! ただちに第二世界との〈門〉を開放せねば!』と。ふふ、うふふふふ!」
サーマの天使砲によって焼け野原と化したギュレネ峡谷の上空で、六翼の天使長フロセルビナの顔に張りついていた慈愛の笑みが、徐々に崩れていく。
「異世界ゲートの開放ともなれば、さしもの貴女様でも長呪文の詠唱は必須でございましょう。ですがですが! そんな時間、みすみす見過ごす私たちとお思いならば、それはとてつもない見込み違いなのでございます♪」
興奮を抑えきれないのか、フロセルビナは段々とはしゃぐ少女のごとく早口に機関銃会話する。
「貴女様が〈特異対象L〉を匿っていたことが発覚してから、私は全能眼で、二十四時間三百六十五日貴女様を監視ていました。うふふふふふ! そして貴女様がお弟子さんたちを〈第二世界〉へ送るという素晴らしい〈失態〉を犯したおかげで、こうして王手一歩手前まで迫ることができたのでございます」
「まったく……厄介なのに付きまとわれたものねえ」
ブリーゼはため息混じりに言った。
「さあ、お選びくださいませ。お弟子さんたちを見殺しにして我々と戦うか、それともおとなしく降伏して彼らを引き渡すか。〈特異対象L〉さえ――」
瞬間、ブリーゼの眉が吊りあがる。
「私の恋人を変な名前で呼ばないでくれるかしら? 彼には堕天男という立派な名前があるのよ」
「左様でございますか。では、その堕天男さえ差しだせば、もうひとりのお弟子さんの生命は保障して差しあげましょう。間にあえば、の話ですが(笑)」
外見年齢にそぐわぬ無邪気な笑顔で、フロセルビナはブリーゼをジワジワと嬲るようにそう言った。
「私の全能眼を甘く見た時点で、貴女様の負けは確定していたのでございまする☆」
刹那――背後に厭な気配を感じたブリーゼは、反射的に無詠唱の浮遊魔法で空中に逃れた。
「――⁉︎」
ブリーゼの魔道士としての本能がその危険性を察知しなかったら、そして己の直感に従い、直ちに回避行動に移らなければ。
背後から接近した第三の刺客――ユリウスのひと太刀によって、いとも容易く上半身と下半身が〈離別〉していたことだろう。
「フン……さすがにひと筋縄ではいかないか」
ユリウスは不満げに剣に付着したドス黒い血を払い落とした。
「く」
ブリーゼの顔が、苦悶に歪む。
その背中はユリウスによって大きく袈裟状に切り裂かれ、雪のように白い肌に魔族特有の赤黒い血が縦に吊るされた合衆国国旗の如き縦縞模様を描く。
人間であれば重傷の部類に入る深い傷であったが、やがてブリーゼの高度治癒魔法によって一瞬で癒えた。
「う〜ん。失敗しちゃいましたかァ〜。せっかく仕込んでおいた切り札だったのに、残・念⭐︎」
キャピ⭐︎ という擬音が聴こえてきそうな、あまり残念がっていない様子で、フロセルビナが可愛らしくウインクした。
「サーマの天使砲すら無効化するご自慢の障壁魔法も、ユリウスの〈神装〉の前では紙切れ同然なのでございますよ〜」
いかに伝説の大魔道士〈万魔典〉ブリーゼ・フヴェルゲルミルと言えど、本体は生身の〈魔族〉である。
人間よりはるかに長寿で丈夫、かつ魔力量が多い魔族だが、剣で斬られたり銃で撃たれたりすれば、当然死ぬ。
唯一神ガイウスの〈神法〉によって造られた、存在自体が超常現象である天使たちとは違う。
ブリーゼが天使たちを圧倒できていたのは、その人智を超えた魔力量とそれを操る能力、精神力があったからに他ならない。
防護魔法にはいくつか種類があるが、ブリーゼが常時展開しているのは物理攻撃にも魔法攻撃にも有効な、使用者の周囲の物体運動を精霊操作によって妨げるものであり、その汎用性の高さから多くの魔道士が優先的に学習する防護魔法のスタンダードともいえる存在だ。
シーはおろか今や堕天男にも扱えるが、その防御力は使用者の魔力量と精神力に大きく左右される。
ブリーゼのような伝説級の魔道士ともなれば核攻撃にも匹敵するシーの大焦熱魔法やサーマの爆裂滅殺天使砲すらも無力化できる。
だがそんな戦車の装甲すら凌駕する無敵のシールドも、あの男の持っている〈神装〉――ありとあらゆる魔力を喰らい尽くし、魔法を無効化する〈魔法殺し〉と呼ばれる代物――
万物を切り裂く聖戦士ユリウスの聖剣〈エル・キャリバー〉の前では、まったくの無意味である。
「うっふっふ~。今、どんなお気持ちでございますかァ~?」
近接攻撃のユリウスに、遠隔攻撃のサーマ。
そして彼らを時空断絶で援護するフロセルビナの。
まさに三位一体とも言える、寸分の隙もない完璧な連携攻撃に。
かの伝説の大魔道士〈万魔典〉ブリーゼ・フヴェルゲルミルはまさに窮地に追いこまれていた。
「まったく……いちいちムカつく女ね」
ここまでワクワクさせられたのは久しぶりだわ、と、ブリーゼは心の底から愉しそうに、笑ったのであった。




