第三十一話――漆黒の影
「ふん。他愛もない。我が聖天使斬の前では魔界公爵令嬢も赤子同然!」
上半身と下半身が分離してしまったシーの死体を見おろし、勝ち誇った笑みを浮かべ、鬼の首をとったようにアウトノアは高らかに叫ぶ。
「危ない――!」
しかし勝利の余韻を打ち消すように、メグロスの絶叫。
――気配を絶って背後から接近していたシーが、すでにアウトノアに向けてその手を伸ばし呪文を詠唱する。
「『氷槍よ貫け』!」
一瞬後、シーの右腕から鋭い氷の槍が、アウトノアの心臓目がけて放たれる――
「く」
仲間の危機を救うべく、二日酔いにも負けずに飛びこんできたメグロスが、アウトノアの前に突如割りこむようにして、その身を盾にする――
ずぶり。
「グハァッ」
口から桃色ががった鮮血を吐きこぼし、メグロスはアウトノアの身代わりとなって、シーの放った氷の槍に、胸を貫かれてしまった……‼︎
「メ、メグロスさん⁉︎」
「ア……アウトノア……さん……ご、ご無事……で、何より……です……グフッ」
「わ、私なんかより、あなたが――! し、しっかりしてください、メグロスさん!」
「あ……あなたをお守りして……逝けるなら……本望……」
「だ、だめです、メグロスさん! 死んじゃ――」
「『爆ぜよ』!」
映画さながらのお涙頂戴シーンも、空気を読まないシーによって、強制的に中断される。
自分を守って死んだ仲間を、愛おしそうに抱きしめ慟哭していたアウトノアは。
シーの放った爆裂魔法によって、ふたりまとめてバラバラの肉片と化してしまった……!
「戦場でいったい何をやってるんですかねえ。馬鹿なんでしょうか?」
愛を嘲笑い血も涙もない悪役顔負けの台詞を吐き捨てる悪女に読者諸兄はドン引きしているだろうが、当小説のヒロインに同情など期待する方が間違いである。
だが敵は天使故に文字通りの超人的な再生能力を有し、肉片同士が這い寄り、結合を開始する。
むろんシーもそんなことは折りこみ済みであり、二体の天使が回復するまでの隙間時間を使って弟弟子を支援しに行く。
百を超える天使部隊の長であるデカトリースは、サーマと同じ天使階級第四位の〈主天使〉。
シーですら苦戦を強いられる強者であり、いくら必殺〈黒葬魔法〉があるとはいえ、魔法を習い始めて一カ月そこそこの堕天男には荷が重い。
「よくがんばったなア〜堕天男。でもがんばるのは当たり前で、結果を出すのが仕事だゾ〜?」
デカトリースに強打されてしまったのか、堕天男は岩壁にめりこんでしまい、身動きがとれぬ状況。
そこに追い打ちをかけるように、木刀――否、社会人精神注入棒を構えたデカトリースが、突撃する!
「『逆巻け』!」
間一髪。シーが唱えた呪文が竜巻を発生させ、デカトリースはその大きな翼が帆の役割を果たし、洗濯機で脱水される衣服のようにグルグルとひっかき回され、天高くふっ飛ばされてしまった……!
シーの介入がなければ、堕天男はデカトリースに社会人精神を注入されるどころか、真っ二つに切り裂かれて絶命し、魂を捕縛されてふたたび〈第三世界収容所〉にてブラック労働を強いられることとなっていたであろう。
シーの衝撃魔法によって岩壁が破壊され、堕天男は自由の身となった。
「すまん。助かった」
「お礼は不要です。今のうちに魔王城まで――」
ふと〈何か〉に気づいたのか――明後日の方角を見遣り、シーが言葉を失った。
「おい、どうした――な」
シーと同じモノを見て、堕天男の口があんぐりと開いた。
彼らの視線の先――魔王城上空には。
いつのまにか天を覆い尽くさんばかりの、巨大な黒い影が、聳え立っていた――




