第二十九話――暗黒天使部隊
フロセルビナによって第二世界に送りこまれた天使部隊総勢百名は、第一世界への〈門〉が存在する魔王城の周囲に的をしぼり、堕天男たちの捜索活動をすでに開始していた。
首都エル・ガイウスにある〈大教会〉には、〈第三世界収容所〉へ通じるための異世界ゲートが存在する。
それは何も第三世界のみならず、時空座標さえ掴めればありとあらゆる世界、時代へ飛ぶことのできる優れモノであり、百名を超える天使部隊もそこから第二世界へとやってきたのだ。
「うう〜。こんな広大な〈第二世界〉でたったふたりの標的を探すなんて無茶ですよう」
気の弱そうな新入社員風の若い男の天使が、体調不良か、土気色の顔をしながらぼやいた。
「弱音を吐くんじゃない!」
天使部隊の先頭に立つ、ひと際大きな羽を持つ天使が、木刀のようなモノで若い天使を殴打する。
そう、かつてブラック企業ビックリカメラで堕天男をさんざ教育してきた天使デカトリースであった。
「天使軍十則!」
デカトリースの大声に呼応するように、天使たち一同背すじをピシと伸ばし、直立不動の姿勢で叫ぶ。
「ひとつ! 欲しがるな、勝つまでは!」
「ひとつ! 遅刻厳禁、残業上等!」
「ひとつ! 仕事は自ら創りだせ!」
「ひとつ! 進んで仕事を取りにいけ!」
「ひとつ! 取り組んだ仕事は殺されても完遂しろ!」
「ひとつ! 守り抜け、お客様の笑顔! お客様は神様だ!」
「ひとつ! 対立を恐れるべからず! 士道不覚悟、切腹也!」
「ひとつ! 思考は常に全速回転、全方位に気を配り! 一分の隙も許さぬこと!」
「ひとつ! ワンフォアオール! ひとりの失敗は皆の失敗! チームの絆を大切に! 連帯責任!」
「ひとつ! 己の命など顧みるべからず! 二十四時間三百六十五日、寝る時間も食う時間も惜しんで働け!」
それは堕天男がかつていたブラック企業、大手家電量販店ビックリカメラの始業前の朝礼に酷似していた。
「何ですかアレは……」
デカトリースたち天使部隊の様子を、岩壁の裏からこっそりと盗み見しながら、シーが困惑気味に呟いた。
「人間だった頃はあんな感じだったが、天使になっても相変わらずだな」
堕天男が呆れ気味に言った。
「天使は本来無感情のはずなのですがね」
「そうは見えないけどな。ブラック企業に長居しすぎてヤツ自身も洗脳されちまったのか」
「まあいずれにせよ、幸い敵はまだこちらに気づいていないようで――おや」
四つ足歩行の巨大な狼に似た魔物の群れが、天使の集団に接近していた。
「神法『天使光線』――!」
天使部隊の先頭、デカトリースの正面にいた若い男の天使の両腕が突如二基の大砲に変化し、その砲口から眩い白の光線が放たれ――
魔狼の群れを、塵芥の如く吹き飛ばした――!
「よォく殺った、メグロス君! よし、今から君を切りこみ係長に任命する! 自ら先陣を切り、魔物の群れを蹴散らし! 〈特異対象L〉とその仲間を探し出すのだ!」
手柄を上げたらさらなる激務を与えられるブラック企業あるあるすぎるデカトリースの対応を見て、堕天男はげんなりした。
「うう……昨日さんざ居酒屋をハシゴしといてそりゃないッスよオ〜。隊長。オエ」
二日酔いなのか、嘔吐しながらフラフラと、だが上司の命令には逆らえないのか、メグロスは天使部隊を率いてこちらへ向かってくる。
「情けないですよ。メグロスさん。社会人……いや、天使たるもの、飲みニケーションも大切です」
涼しい顔をしたキャリアウーマン風の女天使が、彼の背中を平手で一発バシンと叩いた。その反対側の手には、彼女の身の丈を超える巨大な戦斧。
すっかり第三世界|(現代日本)の社畜と化したデカトリースの飲み会に付きあわされたのであろう二体の天使に、堕天男は敵ながら同情を禁じ得なかった。
彼自身も、まさに店長の飲み会に強制参加させられた苦い過去があったからだ。
断れば社会人精神を注入されるため、ビックリカメラスタッフの飲み会参加率は常に百パーセントであった。
「そんなこと言うならアウトノアさんが行ってくださいよオ〜」
情けない声を出す若き天使に。
「いいでしょう。あなたはそこで赤子のように指を咥えながら、黙って見てると良いです」
アウトノアと呼ばれたキャリアウーマン風の天使は、身の丈以上もある巨大な戦斧を羽箒の如く軽々と振るい、ひと際大きな熊に似た魔物に、斬りかかる――
「神技『聖天使斬』!」
空高く飛びあがり、渾身の力をこめて戦斧を振りおろし!
自身の倍以上はある熊型の魔物を、頭からきれいに一刀両断した。
それを皮切りに、魔物のヘイトが天使たちへと向けられたのか、堕天男たちの傍をウロウロしていた魔物までもが、一斉に天使部隊へと向かっていく。
「堕天男。私たちの目標は、あくまでも第二世界からの脱出です」
確認するように、シー。
「わかってる」
「あの数の天使を相手にしては、勝機はありません」
「だろうな」
四面楚歌のこの状況で、姉弟子の出した戦略は――
「というわけで――逃げましょう」
三十六計逃げるに如かず、であった。




