第二十七話――大崩落
第二世界の魔物は一匹や二匹なら撃退できても、敵は常に少数とは限らない。
いつどこで大群に出会すかもわからない以上、最低限の戦闘で済むように堕天男とシーは気配を殺しながら、〈第二世界〉の主――すなわち〈魔王〉がいる漆黒の城を目指し、進み行く。
草ひとつ生えぬ、不毛の地。
ここの魔物たちはいったい何を糧に生きているのだろうか、などと気になった堕天男だったが。
「う」
突如岩壁の隙間から紫色のうどんのような触手が飛び出し、シーの身体に巻きつき、拘束。
直後ガラガラ、と、崩れる岩壁の奥から現れたのは――
全高四メートルを超える、巨大な芋虫――に似た、何か。
顔面に無数に点在する赤い光源は、この怪虫の眼だろう。
触手、などと書くとラブコメで同じみの、ヒロインが辱められるサービスシーンを想像する読者もいるだろうが、当小説に限ってそんな展開は的外れというものである。
「ああああ」
ミシミシベキボキ、と、骨が折れる嫌な音が響き渡る――!
「『闇に消えよ』――!」
堕天男の放った漆黒の光線が直撃し、怪虫は野太い断末魔の悲鳴とともに消滅した。
「大丈夫か、シー!」
脇腹を抑えて蹲るシーを庇うように、堕天男が虫の群れの前に立ち塞がる。
「ええ。何とか。このくらいなら私の魔法でも治せ……ぐぶ」
折れた肋骨が内臓に刺さってしまったのか、シーは赤黒い血塊を吐き出した。
だが、そうしている間にも――
わらわらわらわらわらわらわらわら。
先ほどの漆黒の怪虫が、堕天男とシーを餌食にするべく、無数に這い寄ってくる。
巨大な虫が大地を覆い尽くす様は、まるで津波のよう。
「堕天男。二十秒だけ時間を稼いでもらえますか」
この絶望的状況に、シーの闘志はまだ失われていない。
詠唱時間を稼げ、と言われたのだ、と、堕天男は怪虫の大群に向かう。
「やい。こっちだ。この不細工で醜い、えーっと、か、怪物どもめ! おしりペンペン!」
言葉が通じたのかどうかは定かではないが、堕天男が黒葬魔法で二匹ほど葬ると、怪虫の群れは堕天男を厄介者と判断したのか、シーを無視して一斉に襲いかかってくる。
黒葬魔法は当たれば一撃必殺だが、大群をまとめて闇に葬れるわけではなく、基本的に一発につき一体仕留めるのが限界のようだった。
「ち――『弾けよ』!」
堕天男に使える攻撃魔法は、実質黒葬魔法と衝撃魔法の二種類のみ。
しかしまだ未熟ゆえか、山のように巨大な怪虫の触手を数本ふき飛ばす程度で、大したダメージは与えられない。
まして複数同時に仕留めるなど至難。
やはりシーのように敵の大群をまとめて葬れるような超魔法を習いたいな、などと暢気にもそんなことを考える。
怪虫の群れは空を飛ぶことはできないため、浮遊魔法で空から黒葬魔法を撃ちながら、怪虫どもをシーから引き離す堕天男。
「『我が願い聞き届けよ地底の王。躍動せよ地殻、沸き踊れ灼熱の血。其の生命活動を以って今敵を滅せよ母なる星――』」
先ほどブリーゼに放ったものと同レベルの大魔法を思わせる、長い詠唱を終え。
「――崩落せよ大地』!」
直後、ズズズ、と、大地が低く唸り。
あちこちで崖崩れ、地滑りが発生し。
怪虫蠢く荒野は、その原型を留めぬほど隆起し。
そして左右に大きく引き裂かれ、崩落した――
「ピギイイイイイ」
怪虫にも恐怖心はあるのか、次々と絶叫しながら大地の崩壊に飲みこまれていく。
詠唱から数十秒後。大河の如き怪虫の大群は、ほぼ全滅。
あまりにデタラメなシーの大魔法に、堕天男は完全に言葉を失っていた。




