第二十二話――黒葬魔法(ブラックレイ)
限界ギリギリまで魔力を放出した翌日は二日酔いの如く体が怠かった堕天男だが、さらに翌日には回復し、ブリーゼの魔法授業に復帰した。
「さて。今日は課題を達成できたダーリンに、とっておきを教えてあげるわ」
「外に出なくてもいいのか」
堕天男の問いに対し。
「大丈夫よ。今から教える魔法は生物以外に影響はないから」
と、返答するブリーゼ。
ここはブリーゼの城の一階広間。
ゆうに百平米はありそうな広さだが、先日の魔法試合でも内装の破損を避けるために庭で訓練していたのだ。
「じゃあ、まずは昨日みたいに魔力を右手に集中させてみて」
「こうか?」
腹の奥底から湧きあがる力を、右手に集中させるイメージだ。
先日すっかり要領をつかんでいた堕天男は、あっさり魔力集中に成功。
右手から黒い煙の如き魔力がほとばしる。
「うふふ。やっぱり筋いいわねえ、ダーリン」
ブリーゼの右腕からも、同様に黒煙が立ち昇る。
そして――
「いらっしゃい」
ブリーゼの呼び出しに従い、ひとりのスーツ姿の執事(魔法生命体)が現れた。
「『闇に消えよ』――」
ブリーゼが呪文を唱えると、その右腕に宿りし黒い靄が掌に収束し! 執事に向かって放たれた!
「グワアアアアア」
執事に命中した黒き光は、その場で弾け、真っ黒な球体を形成。
まるでブラックホールのように執事の体をクシャクシャ! と捻じ曲げ、押しつぶし。
ついには、無へと還してしまった――
「な、何だ……何が起きた……!?」
あまりに荒唐無稽な光景にうろたえる堕天男に対し、ブリーゼが解説する。
「今のは黒葬魔法。生きとし生ける者すべての命を奪い、闇に飲みこむ魔法よ。たとえ相手が魔法生命――天使であっても、例外ではない」
その言葉に高揚感を覚える、堕天男。
当てることさえできれば、あの天使たちですら一撃で仕留めることができる、文字通り〈必殺〉の魔法だと。
今まで無力感に打ちひしがれてきた堕天男にとって、ブリーゼの言葉はまさに福音であった。
「あんたの子分は死んだのか」
後味悪そうに堕天男が訊ねると、ブリーゼは妖しく笑い。
「言ったでしょう。彼は私の生み出した魔法生命――『再生せよ』」
呪文を唱えると、先ほど闇に呑まれた執事が何事もなかったかのように復元した。
「ハイ。私ハブリーゼ様ニヨッテ生ミ出サレタ魔法生命体。ヨッテ我ガ生命ハブリーゼ様ノモノデゴザイマス。何ナリトゴ命令ヲ」
人形のような無表情で抑揚のない声で語る執事は、己が主に向かって深々と一礼した。
「さあ、ダーリンもやってごらんなさいな♪」
軽いノリでそう言われるも、今ひとつ勝手がわからない。
頭の中で、堕天男はブリーゼの教えを反芻する。
魔法とは、イメージだ。
精神を集中させ、暗黒の神に呼びかけ、そして先ほどブリーゼが放った黒い光線を、思い浮かべるんだ。
「『闇に』――」
瞬間。
抗いがたい何かが体の中に逆流し。
如何ともしがたい気味の悪い感触が、堕天男を襲う。
「ア……ガガ……」
堕天男の様子がおかしい。
何だか苦しそうに頭を押さえながら、呻いている。
「グオオオオオオ――!!」
「『失神せよ』!」
とっさに放たれたブリーゼの魔法が命中し、堕天男の意識を奪う。
「ちょ……あ、あなたという人は、初心者に何を教えてるんです……!?」
たまたま通りかかったシーが、まるで殺人現場に居合わせた目撃者Aといった具合に焦りながら己が師を指さし、糾弾した。
「何って、〈黒葬魔法〉よ。闇の適性を持つダーリンにはうってつけの魔法じゃなくって? 当たれば天使でもイチコロよ♪」
「そんなことは知ってます。私が言いたいのは、黒葬魔法は魔術教会で使用が禁止されている禁呪だということです」
「うるさいわねえ、頭でっかち。バレなきゃいいのよ、バレなきゃ。第三世界に魔術教会の連中なんざ来やしないわ」
「お師匠……あなたほどの方なら、禁呪が禁呪たる所以を知らないわけじゃないでしょう」
「もちろん知ってるわよ。でも、私はダーリンの才能を買っているの。だから大丈夫よ。ダーリンは呑まれたりなんかしない。それとも、あなたは私の眼が節穴だ、とでも言うのかしら」
ブリーゼに鋭い声であべこべに詰られ、黙りこむシー。
「あなたのように経験の浅い魔道士にはわからないかもしれないけれど、この世界はどんな手を使おうが、殺ったもん勝ちなのよ。ルールや倫理など、現実の戦場ではゴミ屑ほどの価値もない」
「う……俺はいったい何を……」
数十分後、魔法によって一時的に奪われし意識を取り戻した堕天男を、ブリーゼが優しく抱きしめた。
「失敗しちゃったわねえ。ダーリン。でも、気にしないで。挑戦に失敗は付きものよ。私が全部カバーしてあげるから、安心して練習しなさいな」
その様子を不満げに見つめていたシーが、しかしバツが悪そうに部屋から退出した。




