95:デーモンキラーVS残虐夫人
しかし、ずっと悩み続けていることはできなかった。
(あーもー! うじうじ思い煩うなんて、俺らしくない!)
少し考えただけで全部が面倒になったクレアは、思いの丈をサイファスに全部ぶちまけることに決めた。
今まで愛だの恋だのとは縁遠かった自分には、どうしたってわからないことなのだから。
心を乱すだけ無駄である。
「サイファスは俺に居場所をくれたし、俺の凝り固まった価値観を変えた。それどころか、俺のことを好きだなんて、とんでもないことを言う。正直言って、お前の考えがさっぱりわからん。でもな……」
サイファスは、そうとは知らずに何度もクレアの心を救った。
彼の、他人とどこかずれた発言は全て、これまで生きてきたクレアを肯定するものだ。
「お前と一緒にいると、肩の力を抜くことができるんだ。サイファスと過ごすのは嫌いじゃない。でも、それとは反対に、妙に落ち着かない気分にさせられるときもある。ただ、この気持ちをなんと呼んでいいのかわからない。はたしてこれは、お前の言う『恋』とか『異性として愛している』に該当すんのか?」
「……クレア」
感極まった様子のサイファスは、片腕でガバッとクレアに抱きつき、唇に深く口づけを落とした。
「~~~っ!」
やがて、ゆっくり体を離したサイファスは、甘い視線でクレアを射止め続ける。
「クレアはそんなにも、私とのことを真剣に考えてくれていたの?」
「……いや、お前が聞いてきたんだろう?」
「君の気持ちは私の気持ちと寸分違わず同じだった。つまり、クレアは私を愛してくれているんだね」
そうして、瞬きするクレアを前に、サイファスは嬉しそうに押しの強い笑みを浮かべた。
「えっ、そうなのか?」
「そうだよ」
そういうものなのか。
半信半疑のクレアだったが、サイファスのあまりにも嬉しそうな顔を目にして、自分でも彼の言うとおりではないかと思い始める。
そうすれば、今まで思い悩んでいた全てのつじつまが合った。
ただ、本心がわかったところで、クレアの動揺は消えないのだが。
(これから俺はどうすればいいんだ? 恋ってなんだ? 謎すぎる……)
すると、そんなクレアを見たサイファスが言った。
「大丈夫だよ、クレア。その気持ちは悪いものじゃない。安心していいんだ」
優しく語りかけるサイファスは、クレアの不安を見抜いているようだった。
クレアのような環境で育った人間にとって、異性を愛するなどという行為は命取りになる。
(事実、それが原因で散った奴も数多く見てきた)
だが、サイファスは、クレアの今の状態を正確に理解している様子だ。
クレアには、この年になっても、同年代の人間と比べて異性に対する感覚がおかしい自覚があった。
それは、特殊な環境下にいたクレアが、男としての自分を演じ続けてきたからだろう。
なのに今更、サイファスを前にどう振る舞えば正解なのかわからない。
「クレア、私は君を急かさない。君はゆっくり自分の気持ちと向き合ってみて」
「サイファス……」
「そして、クレアの答えが出たなら。そのときは形式だけでなく、心から君と夫婦になりたいと思うよ」
「……っ!?」
サイファスの指が、優しくクレアの頬をなぞる。
クレアは、このまま、彼に身を預けてしまいたいような妙な気分に陥った。
安心できるような気持ちと、落ち着かないような気持ちが、また交互に自分を襲う。
何かを言わなければと思うが、サイファスに見つめられると言葉が出てこない。
しかし、徐々にサイファスの様子がおかしくなってきた。苦しそうに何かを囁き始める。
「まだだ……私は……我慢……できる……抑えろ、今は我慢だ……これ以上は駄目……」
はっきりとは聞き取れないものの、彼は明らかに何かに耐えていた。
「飲み過ぎか? 今日の酒、きついもんなぁ」
さすが「デーモンキラー」、第一王子が勧める酒なだけある。
「さて、もういいい時間だし、俺もそろそろ寝るか」
元気よく椅子から立ち上がったクレアだが、そのままバランスを崩して仰向けにぶっ倒れてしまった。
幸いサイファスがすんでの所で抱き留めたが、全身がふわふわするクレアは足音がおぼつかない。
気づかないうちに酒が回っていたようだ。
「……悪い、俺も酔った、かも」
他人の心配をして、自分が酔ってしまったなんて情けない。
(デーモンキラー。恐ろしい酒だ)
クレアはすぐに意識を飛ばし、一足先に夢の世界へ旅立った。
無防備に体を預けスヤスヤと眠るクレアを見て、なんとも言えない表情を浮かべる夫に気づかずに。




