90:残虐鬼の強行軍(サイファス視点)
その頃、サイファスは騎士団の執務室で歓喜の声を上げていた。
「やった! 私はやり遂げた!!」
彼の机の上にあった山のような書類の束は、すっかり空になっている。
そう、サイファスは大量の書類を、僅か数日のうちに全て捌いてしまったのだ。
これもひとえにクレアへの愛がなせる技である。
「凄いじゃないっすか、サイファス様! あの大量の仕事を、これほどまでの早さで終わらせるなんて!!」
副官のダレンも感動している。
「……ということは、クレアに会いに行っても大丈夫だよね?」
「今のところ、新たな仕事は入ってきておりません」
サイファスは机の下でガッツポーズを作った。
「はあ、クレア、早く逢いたい……ダレン、私は今から王都へ向かう。留守は頼むよ」
「王都って!? クレア様なら大丈夫だと思いますよ。あの人優秀なんで」
「そうじゃない! 私のいない間にクレアに悪い虫がついたら大変じゃないか! あんなに可愛いんだよ!? 世の男が放っておくと思う!?」
「たしかに、クレア様の見た目はとてもお可愛らしいですが」
あの中身とあっては、並大抵の男では手を出そうと思わないのでは……という言葉を、ダレンは呑み込んだ。
大層機嫌のいいサイファスは、いそいそと出かける準備を始めている。
「ハク、さっそく王都へ行くよ」
サイファスの呼びかけを聞いて、天井裏からハクが下りてくる。
主に諜報活動を行う第七部隊隊長のハクは、近頃サイファスの近くに控えていることが多いのだ。
「……奥様なら心配ないと思いますけどね。変な男が寄ってきても、気づきもしないうちに撃退するでしょうし。アデリオもついていますし」
「そのアデリオが一番心配なんだよ」
「まあ、そうですね」
ハクはアデリオの性格をよく知っている。
そのため、彼に関することではサイファスに「大丈夫だ!」と太鼓判を押せなかった。
「でも、あいつはクレアの嫌がる行動は取りませんよ。その点に関しては保証できます。無理矢理手出しはしないはず」
「それって、クレアが絆されれば手を出すということだよね」
サイファスは、ますます不安になった。
せっかくクレアがサイファスを意識し始めてくれているのに、横から間男にかっ攫われてはたまったものではない。
「ハク、急ごう! 王城の舞踏会に間に合わせるよ」
「へいへい、仰せのままに」
こうして、サイファスとハクはルナレイヴを出発し、王都に向けて全力で馬を飛ばした。
辺境伯の乗った馬は、ありえない程のスピードで街道を駆け抜け、舞踏会にギリギリ間に合う形で王都へ到着したのだった。




