89:王都の連続誘拐事件
無事に買い物も終え、クレアたちはミハルトン家の屋敷へ戻る。
大きな袋を大事に抱えたユージーンは、畑の薬草まで、ちゃっかりもらっていた。
「いやあ、クレア様には良い店を紹介していただきました。ありがとうございます」
「店の連中と怖いくらい気が合っていたな」
ユージーンは薬屋の女将はもちろん、その家族たちとも楽しげに薬の話をしていたが、買った毒草を何に使うのかまでは、聞かないほうが良さそうだとクレアは思った。
帰り道は、スラム街の雰囲気が行きとガラリと変わっていた。
寂れて不衛生な場所というのは変わらない。
ボロ小屋が立ち並び、むき出しの土の上に人が寝転んでいるのも日常的な光景だ。
ただ、そんな道の端に大勢の人間が集まり、何やら大声でわめいている。
喧嘩ではなさそうだが、却ってそれが不思議で興味を惹かれた。
(妙に騒がしい……何かあったのか?)
素通りしても良かったが、気になって首を突っ込んでしまうのがクレアだ。
「おい、どうしたんだ?」
「えっ、あ……あなたは」
軽装とはいえ小綺麗な格好のクレアを見て警戒する人間、縋るような目を向ける人間、クレオのことを知っているファンなど、スラム街の人々の反応は様々である。
その中で一人の老人が口を開く。
「孫が行方不明になったんじゃ。孫だけではなく他の子供たちもだ。近頃はスラムで行方不明になる子供が増えていて、ここだけではなく郊外の街でも誘拐があったみたいだ」
王都での誘拐事件は珍しくない。
クレアも孤児の時代に攫われ、組織に売られたクチだ。
ただし、今回同時に誘拐された子供の多さは、今までの比ではなかった。
組織的に行われる、大規模な犯行とみて間違いない。
(一応、第一王子やクレオに知らせておくか)
ミハルトン家は領地を持たないが、王都の治安関連の職の一端を担っている。
そして、この国で王都は王領に含まれるから第一王子も無関係ではない。
街の人々に、誘拐があればすぐ巡回の兵士かミハルトン家へ伝えるようにと告げ、クレアは一旦その場をあとにした。




