86:休憩と裏の薬屋紹介
クレアの乗った馬車は数日かけて、平坦な道沿いに王都へ向かう。
穏やかな日差しが降り注ぐ街道沿いの畑では、人々が農作業に精を出していた。
そんな中、クレアは馬車を降りて、木陰でユージーンと会話している。休憩中なのだ。
マルリエッタは、いそいそと荷物から食事を取りだし、アデリオはガミガミ言われつつ彼女を手伝っている。
「なあ、ユージーン、ついてきてくれるのはありがたいが、騎士団の仕事は大丈夫なのか?」
第八部隊の隊長ともなると、忙しいはずだ。
「ご心配には及びません。僕が一人抜けるくらいで瓦解するような教育は、部下に施しておりませんので。それに、今回の王都行きに同行したのは、僕自身の目的もあってのこと。夫人が気に病む必要はございませんよ」
ユージーンは心の内が読めない笑みを浮かべる。
「ならいいけど。王都に用事なら何か手伝おうか? 夜会に出るだけだから時間はあるぞ?」
「では、お言葉に甘えて。薬の材料を扱っている店をご存じでしたら、教えていただきたいのです。こちらでも何店か調べていますが、なにぶん王都の地理には疎いもので」
「なるほど、王都でしか手に入らない薬が目的だったのか。そんなことでいいなら俺に任せろ。表に出回っていない薬草も手に入る穴場があるぞ!」
話していると、後ろからアデリオのツッコミが飛んできた。
「クレア様、スラムにある裏の店を紹介してどうするの。たしかに品揃えはいいけど、治安は最悪なんだから」
その店はかつてクレアの御用達だった薬店だった。
購入していたのは、主に毒薬だが……
「うーん、そうか? 俺が一緒だから問題ないけど。医療部隊って、荒事は苦手なのか?」
隣にいるユージーン本人に尋ねると、彼は笑みを深めて答えた。
「まさか。辺境伯夫人、医療部隊に必要なものはなんだと思います?」
「うーん……度胸と賢さ、あとは技術?」
「それもありますが、一番は体力。そして、うちの騎士団に限って言えば戦闘力です」
「へ? 第八部隊って戦うのか?」
あいにく、クレアは医療全般に明るくない。
新人研修でも第八部隊は見学しただけだったので、彼らの実態は謎に包まれているのだ。
「そもそも、医療部隊や補給部隊は一番敵に狙われます。しかし、我々が倒れては仲間を治療できる者がいなくなる。それは絶対に避けなければならない事態です」
「なるほど」
「第八部隊は強いですよ? だからこそ、サイファス様は僕を同行者に選んだのです」
戦えるし治療もできる、もっとも安全安心な同行者。
クレアはサイファスの過保護さに気づき、むずがゆい気持ちになった。




