85:白衣の悪魔と辺境出発
いよいよ、クレアたちは王都へ出発することになった。
この日の空は快晴で気候も穏やかだ。
馬車の前まで行くと、サイファスの選んだ同行者たちが待っていた。
「こんにちは辺境伯夫人。第八部隊隊長ユージーン、王都への旅にご同行させていただきますね」
辺境騎士団の第八部隊は医療チームだ。騎士や兵士たちの怪我や病気を引き受ける、なくてはならない部隊。それゆえに、発言力はかなり強いという。
そして、隊長のユージーンはなぜか、他の部隊の者から「白衣の悪魔」と呼ばれ、大変恐れられていた。
「おう、ユージーン、よろしくな!」
彼とはそれほど会話した記憶がないが、騎士団と仲良くなることはクレアにとってもプラスだ。
馬車の横には、大量の荷物を持ったマルリエッタもいる。
「クレア様。もちろん、侍女であるわたくしも同行させていただきますわ。害虫駆除はお任せを」
「マルリエッタは令嬢なのに虫も平気なのか。エイミーナなんて、見ただけで悲鳴を上げていたぞ」
噛み合わない会話を続ける二人を、アデリオが複雑な表情で眺めていた。
馬車に荷物を積み込んでいると、屋敷の方からサイファスが貴族男性らしくない恐ろしいスピードで走ってくる。
(さすが残虐鬼、素晴らしい速度だ)
クレアは感心した。
「間に合ってよかった、クレア!」
「どうした、サイファス? 見送りに来てくれたのか?」
サイファスを前に、クレアはまた挙動不審に陥ってしまう。
「あたりまえだよ。愛おしい奥さんの旅立ちを、見送らない夫なんていないでしょう? はあ、一緒に行きたい……仕事を終わらせ次第、僕も王都へ向かうからね」
「そこまで長引かないと思うけどなぁ」
見送りが嬉しい気持ちと、照れて恥ずかしい気持ちに翻弄されつつ、クレアは平常心を保とうと心がけた。
「道中、気をつけてね。何かあれば必ず私に知らせるんだよ?」
皆が見ている前だというのにサイファスはクレアをきつく抱擁し、額にキスを落とした。
クレアは借りてきた猫のように大人しく、夫の腕の中で硬直する。
「う、うん。それじゃあ、い、行ってくる」
しどろもどろに挨拶し、足をふらつかせながら、残りのメンバーと馬車に乗り込むクレア。
「本当に気をつけてね、クレア」
「ああ、サイファスも、仕事、頑張れ」
こうして、馬車は辺境ルナレイヴを出発した。
愛する妻に応援されたサイファスは、その後、猛烈な勢いで仕事を片付けていったという。




