83:戸惑いと病弱な弟
ルナレイヴへ戻ったクレアは、相変わらずの日々を送っていた。
屋敷の業務を手伝いつつ、新人兵士をしごきつつ、辺境伯夫人として働いている。
この日はミハルトン家から引き取った密偵たちの様子を聞きに、ハクのもとを訪れていた。
「ハク、新しい密偵たちは使い物になりそうか?」
「しばらくは無理だな。鍛え直さねえと仕事は任せられない」
「そっか。じゃあ、俺も手伝うぜ。新人部隊の三人は、そろそろ卒業できそうだしな」
ちなみにミハルトン家の元執事長は、セバスチャンとアデリオとマルリエッタに代わる代わるしごかれていた。
本格デビューまでは、まだ時間がかかるらしい。
ただ、ミハルトン伯爵の件では彼にも思うところがあったらしく、かなり落ち込んで反省している様子だ。
アリスケレイヴ家は常に人手不足なので、使える人材は大歓迎だ。
仕事か死かを迫られた元執事長は、セバスチャンたちの監視下で、見習い執事の一人として過ごすことを選んだ。
屈強な使用人や兵士たちが屋敷に出入りしているので逃げることはできない。
厳しすぎる職場だが、路頭に迷うよりはいいだろう。
※
アズム国の第二王子ゴンザレスを捕らえて以来、辺境には平和な日々が訪れていた。
隣国が以前ほど、ちょっかいをかけてこなくなったからだ。
とはいえ、楽観視してもいられない。
あの国にはゴンザレス以外にも野心溢れる王子がいる。
そして、サイファスとの仲だが……
クレアは未だかつてないほど彼に戸惑っていた。
自分の気持ちが、異性に対する恋情なのではないかと思い至ってしまったからだ。
以来、サイファスにどう接すればいいのかわからない。
彼の前では、変に動揺してしまう。
前にもそんな兆候はあったが、そのときの比ではなかった。
サイファスの方はというと、いつも通りなのだが……
何かを悟ったような、生暖かい微笑みを浮かべながら、にこにことクレアを見てくる。
(謎だ……)
だが、自分の動揺ぶりに気づかれていないのならそれで構わない。
もやもやと募る気持ちは、新人や密偵たちとの訓練にぶつければいいことだ。
心を無にするよう意識していると、ミハルトン家から馬に乗った使者がやって来た。
「クレオ様からです」
一通の手紙を受け取ったクレアは、さっそく中を確認する。
「……は? 王都で舞踏会?」
手紙には、クレオとして王都の舞踏会にエイミーナを伴って出席して欲しいという内容が書かれていた。
腹違いの弟である現クレオが体調を崩したらしい。
「まったく。あいつ、そんなに病弱だったのか……そんなところまで、本物のクレオに似なくてもいいのにな……」
第一王子からの依頼なので、断ることはできない。
(仕方がない。身代わりとして行くか)
そうと決まれば、サイファスに報告しなければならない。
クレアはサイファスのいる砦の執務室へと向かった。




