82:新米伯爵と王都からの使者(クレオ視点)
クレオ・ミハルトンは屋敷の自室で頭を抱えていた。
(くそ! 過去のクレアの阿呆な行動のせいで、伯爵に就任したばかりなのに面倒ごとに押しつぶされそうだ! 後任ってやりづらい……!)
彼にとって、「既にできあがった人格」であるクレオを演じることは、大嫌いな異母姉の真似をすることに等しい。
なぜなら、本物のクレオは病弱で、表に出る機会はほとんどなかったからだ。
だから、周囲の人々にとってのクレオは、かつて影武者だった傍若無人なクレアなのである。
しかし、クレアはクレオとして、王都内で余計な真似を山ほどやらかした。
博打で大勝ちして破落戸の恨みを買ったり、無意識のうちに貴族令嬢を多数誑かしていたり、城勤めの騎士を脅して酒をせしめたり……
破天荒すぎるクレアの後釜を任されて、クレオは大変迷惑している。
友好的な者から、敵意をむき出しにした者まで様々だが、クレオは馴れ馴れしくされるのも、わけのわからない言いがかりをつけられるのも好きではない。
だいたい、「リナリーちゃんに、好みのタイプを聞いてくれた?」とか「貴様、酒代を踏み倒しやがって!」とか言われても、まったく身に覚えがないのだから、どうすることもできない! というか、したくない!
引き継ぎはされたが、それはクレオとして生きる上で必要な、最低限の仕事に関係のある事柄だ。
通りすがりの兵士のしょうもない頼み事や、酒代の件なんて全然聞いていない!
(クレアめ!)
いっそ、本物のクレオのように、自分にも病弱設定を追加してしまおうか。
そうすれば、外に出ても絡まれることはないだろう。
悩んでいると、別の面倒ごとがやって来た。
「クレオ様! 本日の午後は夫婦で王都の劇場に出かける予定でしょう? 早く用意してくださらない?」
伯爵位を継ぐにあたり、正式に結婚した相手、公爵令嬢エイミーナだ。
典型的な政略結婚で、互いに愛なんてない。
「まったく頼りないですわ! クレア様なら、喜んでエスコートしてくださるのに」
エイミーナは何かにつけて、いちいちクレアと比べてくるので腹が立つ。
しかし、彼女の父親を怒らせると怖いので、無碍にはできない相手。本当に厄介だ。
さらに、新たな面倒ごともやって来た。
使用人が、部屋へ駆け込んでくる。
「殿下からの使者です!」
(出た!)
この国に王子は三人いるのだが、ミハルトン家に頻繁に連絡してくる相手は一人だけ。
クレアの悪友だった、第一王子のディリオンだ。
彼はことあるごとに、厄介ごとを丸投げしてくるとんでもない人物だった。
優秀ではあるが、とてつもなく性格が悪い。人を困らせて喜ぶタイプだ。
「今度は、なんの用事?」
使者からの文を受け取って中を確認すると……
「舞踏会のお知らせ? 王家の夜会か」
エイミーナを伴って出席せよというお達しである。
クレオは舞踏会が嫌いだった。「クレアが作り上げたクレオ」を演じながら、ぼろを出さないように気を張り詰めていなければならないからだ。
しかも、貴族令嬢に囲まれてキャーキャー言われる。
花街育ちのクレオは女性に慣れているが、それでも自分が原因で令嬢が壮絶な乱闘をし始めたときは胃がキリキリする。
ますます、クレアに対して腹を立てるクレオだった。
(舞踏会が憂鬱だ……)
ミハルトン前伯爵が行っていた裏稼業関連の仕事も頭が痛い。
これまでは前伯爵やクレアがそれらを制御していたが、今後は全てがクレオ一人の肩にのしかかってくる。
正直言って、きちんとやっていける自信がない。
スラム出身かつ密偵育ちのクレアとは違い、クレオは花街出身といえど堅気の人間なのだ。
そして、数日後……
慣れない仕事と心労から、クレオは体調を崩して倒れた。
予想通り過労とストレスが原因らしく、医者にはしばらく休養するよう忠告されている。
しかし、第一王子に言われた夜会の日が迫ってきているので、このまま寝ているわけにもいかない。
(こんな手は使いたくなかったが、かくなる上は……)
ベッドから起き上がったクレオは、一通の手紙をしたためて、ミハルトン家の伝達係へ託す。
「これを、アリスケレイヴ辺境伯夫人へ」
使者は黙って頷き、辺境ルナレイヴへと早馬を飛ばしたのだった。




