81:芽生えた自覚
途中で寄り道も挟んだが、馬車はようやくルナレイヴへ到着した。
のどかな東の辺境の地に降り立つと、少し離れていただけなのに無性に懐かしい気持ちになる。
屋敷に着くと、アリスケレイヴ家執事長のセバスチャンや副官のダレンがクレアたちを出迎えた。
「おかえりなさいませ」
クレアにとっての家は、もうミハルトン家ではなくここなのだ。
セバスチャンたちに王都でクレオたちの一件が解決したことなどを簡単に説明し、ミハルトン家の執事長らの世話を頼み、クレアはフリフリのインテリアに溢れる自室へ戻る。
いつの間にか、この空間にも慣れてしまった。
辺境伯夫人も悪くないと思える自分がいる。
クレアにとって、それは不思議な感覚だった。
しばらくするとノックの音が響く。
扉を開けると、キョロキョロと周囲を確認する薄着姿のサイファスが立っていた。
屋敷の中なので、くつろいだ格好だ。
「どうした?」
「クレアと話したくて……アデリオはいないよね?」
「あいつなら、ハクに会いに行ったぞ?」
なぜか安堵した様子のサイファスを、クレアはフリルまみれの部屋へ招き入れた。
屋敷に帰ってきた安心感もあるのか、今日のサイファスは普段の彼に輪をかけて機嫌がいい。
椅子の上に旅の荷物を広げてしまったため、サイファスには奥の寝台に腰掛けてもらった。
自分もその隣に並ぶ。
「ああ、クレア、やっと休めるね」
「……屋敷での仕事が溜まっているんじゃないのか?」
辺境伯は気の毒になるくらい多忙だ。
「明日からに備えて、今日はゆっくり過ごしたいんだ」
言うと、サイファスはクレアにもたれかかってきた。
成人男性一人くらい軽く支えられるが、体温が直に伝わり落ち着かない。
体重を預けながら腕を回してくるから余計にだ。
「クレア、心臓がドキドキ鳴っているね。私と同じ気持ちでいてくれるなら、嬉しいのだけれど……」
伺うように視線を合わせるサイファスだが、クレアは首を横に傾げた。
「サイファスは今、どんな気持ちなんだ?」
「そうだね、私もクレアと同じようにドキドキしている。恥ずかしくもあるけれど、クレアと一緒にいられて、とても幸せな気分だよ」
概ね自分と同じだと思ったクレアは、サイファスの次の一言で愕然とした。
「私は君に恋をしているからだろうね。いや、恋じゃ足りないかな……もっと好きだし」
ぶつぶつと独り言を始めるサイファスだが、クレアはそれが気にならないほど混乱し始める。
今の自分の心境は、サイファスと一緒だった。彼はそれを「恋をしているから」だという。
なら、クレアのこの想いは……?
(時折感じるむずがゆい気持ちは、恋だというのか? 俺は恋愛的な目でサイファスのことを見ていたのか……?)
意識し始めた途端に恥ずかしさに拍車がかかり、いたたまれない気持ちになってきた。
今すぐ寝台から逃げ出したい。
「クレア? どうしたの?」
サイファスが心配そうに、挙動不審なクレアの顔をのぞき込んでくる。
だが、クレアは熱くなった頬を押さえ、はくはくと口を動かすことしかできなかった。
※
あれから、王都にいる公爵令嬢エイミーナが新伯爵となったクレオと結婚し、ミハルトン家に入った。
元ミハルトン伯爵は引退し、別の屋敷で静かに暮らしている。クレオが彼を上手く操縦したようだ。
また、クレオの愛人の事情も公爵やエイミーナたちには知らせてあった。
彼女は今、愛人や姉としてではなく、エイミーナ付きのメイドの一人として、屋敷で働いている。
そして、辺境ルナレイヴでは、残虐夫妻が今日も仲良く賑やかに過ごしているのだった。




