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8:ドレスと読書と出迎え

 翌朝一番に伝令が屋敷に到着し、サイファスの無事と国境防衛が成功したとの報告があった。

 クレアは詳しく話を聞く。


「隣国が攻めてきたのか」

「ええ、クレア様。毎度お馴染みのアズム国です。本当に迷惑しています」

「そんなにお馴染みなのか?」

「はい、毎度毎度、飽きもせずにしぶとい奴らですよ」


 迷惑な東の国は数年前に国王が替わったところで、虎視眈々と領土拡大を狙っている。

 すでにアズム国西側の小さな国やいくつかの部族は、戦に負けて併呑されていた。

 次はゼシュテ国を狙っているというわけだ。


 一通り報告を済ませると、伝令はサイファスたちのもとへ戻っていった。

 部屋に戻ったクレアには……とりたてて、やるべきことがない。

 早くも退屈で死にそうである。


「こんなぬるま湯のような生活は無理だ」


 クレアはうめき声を上げた。


 まず、朝が遅い。

 クレオとして生きていたときは、早朝に目覚めて仕事をしていたが、ここでは侍女が起こしに来るのは昼前だった。

 長旅の疲れが残っていることを考慮しても遅い。


 続いて部屋で着替えを済まそうとしたクレアだが、クローゼットの中にあったのは、後ろを紐で編み上げるなど着るのが面倒なドレスばかりだった。一人では着替えることができない。

 クレアはげんなりした。


(服くらい、勝手に着させてくれ……)


 侍女のマルリエッタに着せてもらったものの、身支度にかなり時間がかかってしまう。

 ひらひらふわふわとした薄水色のドレスは実用性皆無の代物で、ひたすら動きにくい。


「スカートを短くしたら駄目だよな?」


 自室でイライラしていると、脱いだ寝間着を片付けた侍女のマルリエッタが戻ってきた。

 彼女はなぜか嬉しそうに微笑んでいる。


「クレア様、お喜びください! 今夜あたりに旦那様がご帰還されますよ。さあさあ、元気をお出しになってくださいませ」


 彼女はクレアがサイファスのことを思い、部屋で一人落ち込んでいると勘違いしているらしい。

 事実を伝えるのも面倒なので、そういうことにして返事をする。


「まあ、サイファスが帰ってくるなんて嬉しいですわ」


 ようやく様になってきたお嬢様言葉を使い、クレアは喜んで見せた。


「ところでマルリエッタ。そろそろ、屋敷全体のことを把握しておきたいのだけれど」


 するとマルリエッタは、慌てた様子を見せた。


「旦那様が、自らクレア様を案内するのを楽しみにしておられましたので……もう少々お待ちいただけますか?」

「なるほど、そういうことか。仕方ないですわね」


 気を抜くとボロが出る。やはり、クレアはお嬢様言葉が苦手だった。

 考え込むクレアの様子を見て、マルリエッタはますます慌てる。こちらの機嫌を取ろうと考えているらしい。


「ええと、クレア様。お暇でしたら読書でもなさいます?」

「本があるの? それは助かりますわ」

「では、適当なものを選んでまいりますわね」


 言うやいなや、マルリエッタはあっという間に本を抱えて部屋に戻ってきた。


(早いな。しかも量が多い……)


 クレアはマルリエッタの勢いに少し圧倒される。


(せっかく用意してもらったのだし、読んでみるか)


 マルリエッタはそわそわしながら、クレアの反応を待っている。


「ありがとう、マルリエッタ」


 彼女からの視線が気になったクレアは、とりあえず読書を始めることにした。

 本のタイトルは、『辺境ルナレイヴの文化』や『アリスケレイヴ家の偉業』、『山岳地方の戦略大全』など領地に関するものだ。

 これらは、全てサイファスの蔵書らしい。


「申し訳ありませんクレア様。ご令嬢が好む読みものが少なくて」

「わたくしは、こういった本も好きですわ」


 事実を言ったのだが、マルリエッタはクレアが無理をしていると思ったようだ。


「今度、恋愛小説なども取り寄せますね」


 どうも会話が噛み合わない。クレアは曖昧に微笑んで読書を再開する。

 結局、その日は本を読むだけで一日が終わってしまった。

 だが、領地についての知識は増えた。


 夜になり、サイファスや兵士たちが帰ってきたと知らせがあったので、寝台の上でだらだら本を読んでいたクレアはドレスに上着を羽織って外へ出る。

 二階の自室から廊下を歩き階段を降りる途中、踊り場からサイファスが屋敷の玄関を通過し、使用人たちが彼を出迎えている光景が見えた。


 クレアが様子を観察していると、不意に上を向いたサイファスと目が合ってしまう。

 彼は花がほころぶような、満面の笑みを浮かべてクレアに手を振った。

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