77:残虐鬼の過去(サイファス視点)
寝台に腰掛けていたサイファスは、先ほどからドキドキが止まらなかった。
クレアが、あのクレアが、自分から体を預けてくれている!!
どうしよう、明日はきっと大雨だ。
風呂上がりだからか、彼女の髪からは石鹸のいい香りがした。
「サイファス、ありがとうな。お前がいてくれて良かった」
上目遣いで、そんなことを言われ……理性が崩壊しそうになる。
しかし我慢だ、ここで信用を失うわけにはいかない。
あと一押しかもしれないけれど、弱っている彼女につけ込むのは駄目だ。
「クレア、もう休んで。今日は疲れたでしょう?」
「そうだな、明日もしなければならないことがある」
いそいそとベッドに潜り込むクレア。しかし……
「どうした? サイファスも来いよ」
「う、うん」
激しく脈打つ心臓に気づきながら、サイファスは、もそもそとクレアの隣に移動する。
「手……つないでいいか?」
「ももも、もちろん!」
クレアの手は小さいけれど、皮膚は硬かった。この手でずっと戦ってきたからだ。
一途な彼女も、好ましいと感じてしまう。
しばらくすると、クレアは小さな寝息を立て始めた。無防備な寝顔も愛おしい。
「家族、か……」
正直、そんなものを再び持てるとは思わなかった。憧れてはいたけれど。
※
もともと、サイファスは争いごとが嫌いな子どもだった。
同年代の子どもより細く、剣の訓練も大嫌い。
静かに本を読み、庭師と一緒に花を植えることが好きだった。
辺境のアリスケレイヴ家は大らかで、貴族であっても料理をしたり、庭仕事を手伝ったり、裁縫をすることが許された。
単に、貧乏なので経費を節約しただけともいうが。
民の仕事を奪うのは良くないが、当時は戦費が必要で余裕がなかったのだ。
幼い頃から続く辺境の戦。
昔は今より兵士も食料も資金も不足していて、貧しいルナレイヴは苦戦を強いられていた。
サイファスの両親はそんな中、アズム国との戦争で帰らぬ人となった。
まだ力を持たぬ子どもだったサイファスは、彼らを守れなかった……
打ちひしがれる暇もなく辺境伯の座を継いだのは、サイファスが十五の時。
領地を守るため、役目をまっとうするため、サイファスは剣を振るい続けた。
何人もの命を奪った手は血に濡れている。
残虐鬼などという不名誉な通り名までついた。
同じく戦争で家族を失ったマルリエッタを始めとする子どもをまとめ上げ、その子どもたちが成長するにつれて、サイファスは徐々に領内で力を拡大させていく。
近隣の領主からも一目置かれるようになった頃、サイファスは二十歳を過ぎていた。
そこから、婚約話が持ち上がっては消え、クレアがルナレイヴへやってきたのだ。
再び得た大事な家族を、もう二度と手放したくない。
クレアの真っ赤な美しい髪をなでながら、サイファスも静かに目を閉じた。




