74:腑抜け伯爵と仲間たち
「あなたの遊び相手になる気はありませんよ」
執事長は身を翻し、二階の廊下の奥へ走る。
欄干から降りたクレアは、まっすぐ彼を追った。
屋敷の内装や調度品はそのままで、特に壊された様子もない。
執事長は、一番奥の部屋へ駆け込み扉を閉めた。ミハルトン伯爵の寝室だ。
扉の鍵をかけられたので、クレアはそれを蹴破って中に入る。
すると、正面の床に拘束されて転がっているクレオと愛人を発見した。
「お前ら、こんなところにいたのか」
二人は猿ぐつわを嵌められており、何かフゴフゴ言っているが理解できない。
奥には、ミハルトン伯爵も捕らえられている。彼だけは猿ぐつわを自力で解いたようだった。
「クレア……助けてくれ」
すがるような目を向けてくる伯爵。こんな彼を見たくはなかった。
いつも堂々としていた、クレアを引き取ってくれた冷酷無慈悲なミハルトン伯爵。
今の彼は全くの別人で、当時の面影はない。
「黙れ、この腑抜けが」
刃物を手にし、ミハルトン伯爵を抱えた執事長が、厳しい声でそう告げた。
彼は鋭くクレアに命じる。
「武器を全て捨てなさい。さもなければ、ここで伯爵を殺す」
ここで彼の言うとおりに動くなんて、馬鹿のすることだ。
そもそも、執事長がミハルトン伯爵を殺す気なら、とっくに彼を刺しているはず。
頭では、わかっている。
けれど、クレアにはミハルトン伯爵を見捨てることが、どうしてもできなかった。
幼い日の記憶が頭をよぎる。
ミハルトン伯爵は、決して良い父親ではなかった。むしろ最低の部類だ。
ただ、彼はクレアに様々なものを与えた。
クレアが貴族として今までやってこられたのは、全部彼のおかげ。
認めるのは癪だが、クレアも執事長と同様に、未だにミハルトン伯爵に父の面影を見ていたのだ。
そう突きつけられた。
これでは、執事長を笑えない。
「早くしろ!」
執事長の持つナイフが伯爵の頬をかすめ、一筋に切れた皮膚に、うっすら血がにじんでいる。
もう駄目だった。
「ほらよ。これで満足かよ」
そう告げると、クレアは持っていた武器を放り投げる。
「まだだ、隠し持っている武器を全部出しなさい」
執事長の向こうから、新手の密偵の少女が出てきた。彼女も庶子の一人だろう。
命令され、クレアの衣服をあらためようと動く。
執事長のナイフは、まだ伯爵の喉元を狙っていた。
クレアは大人しくしつつ、執事長が油断する瞬間を待つ。
けれど、そのとき、予想外の事態が起きた。
ミハルトン伯爵の部屋に第三者が乱入してきたのだ。
「クレアに触れるな!」
初めて耳にする冷たい声、ビリビリと空気を震わせるほどの殺気。
まごうことなき残虐鬼が、剣を掲げ入り口に立っていた。




