7:優しい夫と辺境の事情
一休みしたクレアは、夜の食事を済ませて部屋でくつろいでいた。
サイファスも一緒に過ごす予定だったが、彼は国境沿いで起こった小競り合いを鎮めるため出掛けなければならなくなった。
ルナレイヴでは、頻繁に隣国との衝突が起こっている。
辺境伯である以上、サイファスは事態の収拾を避けては通れないのだ。
「クレア、初日から寂しい思いをさせてごめんね。でも、君のことは本当に大事にしたいと思っているから」
眉根を寄せたサイファスが、心の底から申し訳なさそうにクレアの手を取る。
「いや、仕事なんだから気にすんな。気をつけて行ってこい、ですわ」
「ありがとう、クレア。愛しているよ」
嬉しそうに微笑んだサイファスは、少し屈んでクレアの額にキスを落とす。
頬を赤らめ動揺するような乙女心はクレアにないが、笑顔で手を振り彼を見送った。
サイファスには嫌われていないし、むしろ好かれているように思う。
夜も更け、そろそろ就寝する時刻が近づいていた。
寝間着姿のクレアも用意された寝台に横になる。
アデリオも、今は従者に与えられた部屋に戻っていた。
ヒラヒラした寝間着に辟易しつつ目を閉じると、緩やかな眠りが訪れる……はずだったのだが、不意に屋敷の中や外が慌ただしい雰囲気に包まれた。
気になったクレアは、上着を羽織ってそっと部屋の外に出る。
「何かあったのか?」
廊下を通りかかったメイドを捕まえ尋ねると、彼女は戸惑いがちに答えた。
「先ほど、国境沿いで大規模な敵との戦闘が始まったそうです。伝令が指示を運んできて、こちらに駐屯している兵士たちも直ちに現場へ向かうようです」
辺境伯家の周囲には、領地を守るための兵が常に駐屯している。
こういった兵士たちは、領主の屋敷付近だけではなくルナレイヴの各地に配備されていた。
緊急時にすぐ動かせるよう、常日頃から準備してあるのだ。
「小競り合いから大きな戦闘に発展するなんて。状況は悪いのか?」
「いいえ、このくらいのことなら以前もありましたから。しかし、常に油断はできませんね」
クレアは王都と辺境の違いをひしひしと感じた。
王都の民は平和ボケしている者が多く、他国の侵略など他人事だ。
それに対し、国境沿いに暮らす民は、日々争いに巻き込まれる覚悟をしている。
考え込むクレアに対し、メイドが気遣うように声を掛けた。
「奥様、どうか心穏やかにいてください。旦那様ならきっと大丈夫、いつものように我々を守ってくださいますから」
「……そうだな。ありがとう」
使用人に促され、クレアは複雑な気分で部屋に戻る。
この地を守り続けているサイファスは、辺境に住む人々の心の支えにもなっているようだ。
(まだ若いのに大した奴だな)
改めてサイファスの偉大さを思い知るクレアだった。