68:剣術大会と奇抜な応援団と第一王子
王城で開かれる剣術大会の当日は、雲一つない快晴だった。
真っ青な空に、集まった人々の歓声が吸い込まれていく。
会場は窪地型で、中央で選手たちが試合をし、周囲の観客席から人々が見下ろす形だ。
開会式で他の選手たちと一緒に中央へ並んだクレアは、ぐるりと会場を見渡し、戸惑いの表情を浮かべた。
観客席に集まった応援団の中に、異様な集団を発見したのだ。
令嬢たちの黄色い声に包まれた一角には、他と全く違う様相を呈する、桃色の服を着た集団がいる。
その集団の中で、非常に見覚えのある爽やかな金髪美青年と付き人の美女が「クレオ様、ラブ!」と書かれた巨大な旗を持ち、振り回していた。
(サイファスに、マルリエッタじゃねえか! 二人揃って何やってんだ!?)
謎の美男美女が、辺境の残虐鬼と残虐夫人の侍女だとは、誰も思わないだろうけれど。
他の令嬢たちも、それぞれ持参したカラフルな扇にクレオの名前を書いて掲げている。
観察していると、近くから声がかかった。
「クレオ、お前、相変わらずスゲェ人気だな。しかも、今日は特に応援団がはっちゃけていないか? あの大きな旗の出来栄えも……ついに、その手の職人に直接依頼したのか?」
声をかけてきたのは、クレオ時代の友人貴族だ。
王都の騎士団に所属している彼とは、こういった試合で出会うことが多い。
「ご令嬢たちからキャーキャー言われて、羨ましいよな! 俺もモテたい!」
「……久々の出場だから、気を遣ってくれたんじゃねえのか?」
クレアは、そう結論づける。
サイファスたちが混じっているのは、謎だが……ファンクラブに入ると言っていたので、その関係だろうと推測した。
「どうせ、クレオは決勝近くまで行くだろ?」
「ああ。舅の公爵からは、決勝まで行けと言われているな」
「令嬢たちに大人気な上に、可愛らしい婚約者までいて……! うらやまけしからん! 絶対に俺が打ち負かしてやるからな!!」
「ああ、せいぜい頑張れ」
友人に答えたクレアは、貴賓席に座る公爵令嬢エイミーナに向かって片手を振った。
エイミーナは笑顔でおしとやかにハンカチを振っている。
大勢の目があるからか、いつもに比べるとかなり控えめな態度だった。
その後、クレアはトーナメントを順調に勝ち進み、モテたいと騒ぐ友人もぶちのめし、公爵との約束どおり決勝の舞台に上がった。
決勝戦の相手はゼシュテ国の第一王子である。
本来、第一王子は頭脳派であり、剣術の腕はそこそこ程度だが……まあ、出来レースというやつだ。大勢の前で、臣下が王族に勝つわけにはいかない。
第一王子は、陽光を反射させて輝く銀髪に、赤い瞳を持つ美男子だ。
ただし、性格は現在のクレオより格段にひねくれているので、関わらないに限る。
が……試合からは逃げられない。
「久しいな、クレオ・ミハルトン。最近は、めっきり姿を見かけなかったものなあ?」
「そうですね」
第一王子は、入れ替わりに気づいた上でとぼけている。そういう意地の悪さを持つ人物なのだ。
クレアは、彼がちょっと苦手である。
二人向き合った状態で、試合が始まった。
数回激しく打ち合い、しばらくしたところで、第一王子の剣がクレアの剣を跳ね飛ばした。
勝負ありだ。
客席からの歓声がひときわ大きくなる。
出来レースの相手役をやってやったのだから、少しは感謝してほしいものだとクレアは思った。
あまりに早く決着がつくと嘘くさくなるし、ある程度接戦に見せかけなければならない。
頃合いを見て、手の力を緩め相手に剣をはじかせるのは面倒なのだ。
試合が終わり、会場の隅に移動するクレアに、そそくさと駆け寄る人物がいる。エイミーナだ。
「クレオ様ぁ! 素敵でしたわぁ!」
観客席に得意げな視線を向けつつ、クレアに思い切り抱きついてくる。
「準優勝おめでとうございます」
「ありがとう。エイミーナ」
抱き返してやると、観客席から多数の悲鳴が上がる。
桃色の服を着た、ファンクラブを名乗る令嬢たちだ。
未だにファンクラブがなんなのかよくわからないクレアだが、いつも応援してくれたり差し入れを持ってきてくれたりする彼女たちに害はないので放置している。
公爵がいるので、エイミーナはそれ以上は自重したようだ。
名残惜しそうに貴賓席へ向かう通路へ戻って行った。
「クレオ!」
続いて、近くでよく知る声が響いたかと思ったら、すぐ近くの観客席から人が飛び降りてきた。
その人物は、身軽な動きでクレアの傍に着地する。
「サイファス?」
「クレオ、頑張ったね。怪我はない?」
他人の目もあるので、クレアをクレオと呼ぶことにしたようだ。
「あ、ああ……無傷だ」
クレアは、サイファスの「頑張ったね」に弱い。
彼のこの言葉を聞くと、張り詰めていたものがゆるゆると解けてしまって危険だ。
二人で話をしていると、第三者の声が割り込む。
「アリスケレイヴ辺境伯じゃないか。遠いところ、ようこそ」
声の主は、第一王子だった。サイファスとは面識があるらしい。
第一王子は、ニヤニヤとした笑みを浮かべてクレアを見た。
「クレオ。お前の姉君、クレア嬢は辺境伯に大層愛されているようだな」
「なっ……!」
「辺境伯も、新妻が可愛くて仕方がないと見える。ミハルトン伯爵に双方の婚約を提案した甲斐があったというものだ」
「ちょっと待て。どういうことだっ……ですか?」
クレアが第一王子を睨むが、彼はさらに笑みを深めるだけで何も言わない。
これは、クレアを一方的にからかって面白がっているのだ。
(なんて性格の悪いやつ!)
やはり、クレアは第一王子が苦手だった。
「あとで話がある。二人とも、私のところへ来るように」
気乗りしない命令を残し、第一王子は堂々と会場を去って行った。




