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不良令嬢と残虐鬼辺境伯の政略結婚!!  作者: 桜あげは 


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63:忍び走りマスターと恋人つなぎ

 月明かりが照らす庭を、クレアは音を立てずに走り抜ける。風はなく、草も木も眠っているかのように静かだ。

 背後から、サイファスが追ってくるのがわかった。


(早いな。でも、もうちょっと静かに走れないのか? 気配がうるさすぎる)


 サイファスが、大きな音を立ててしまうこと自体は、仕方がないことだ。

 彼は辺境伯であり、優秀な騎士でもある。

 足音を殺す訓練など必要ない。


 密偵として、陰に生きていたクレアとは違う。

 彼は光の中、堂々と胸を張って生きて行ける人物だ。


(……とはいえ、この状況下では少し困る)


 クレアは足を止めて背後を振り返った。


「……っ!」


 いつの間にか、すぐ後ろにサイファスが迫っている。


(速い……)


 驚いていると、彼はそのままクレアを抱きしめた。ファサリと何かが肩にかけられる。

 大きいのでサイファスのものだろうと思われる、薄手の上質な上着だった。


「クレア、お願いだからこれを羽織っていて」

「あ、ああ。でも、別に寒くないぞ?」

「いいから、いいから」


 サイファスはクレアと向かい合うと、いそいそと上着のボタンを全て閉め始める。

 ようやく解放されたクレアは、ぶかぶかの上着を着たまま、エイミーナの元へ向かった。


 クレアと一緒に走るサイファスは、時折頬を染めてクレアの格好を見、「いい……」と呟いている。

 ぶかぶかの上着スタイルの何が、そんなに気に入ったのだろう。よくわからない。

 ただ、彼の足音が、やたらとうるさいことだけはわかる。


「サイファス、足音を消すときはこうやって走るんだよ」

「あ、ごめん。こう……かな?」


 サイファスは慌てて、走り方を変化させた。

 バタバタした騒がしい足音が、一瞬にして消える。

 残虐鬼はクレアの走りを見ただけで、易々と忍び走りをマスターしたようだ。


「すごいな。訓練なしでここまで静かに走れるようになるなんて」


 残虐鬼のポテンシャルは高い。

 褒められたサイファスは、ものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 そして、なぜかクレアのほうへ片手を差し出してくる。


(……? 『手を出せ』という意味かな?)


 不思議に思いながら同じように片手を出すと、そっと引かれ、手のひらを重ねられてしまった。


(そうか、手をつなぎたかったのか)


 なんでこんなときに手を繋ぎたがるのか、よくわからない。

 それでも、サイファスが非常に満足そうな雰囲気であるのは理解できた。

 クレアの小さな手を、しっかり握り込んでくる。


(ええと、こういうときは、こっちも握るんだっけ?)


 クレアは誰かと自発的に手を繋いだ経験がない。

 だから、こういう場合に、どう行動するのが正解なのか知らなかった。


(とりあえず、真似をしてみよう)


 同じように彼の手を掴んでみると、サイファスは今にも蕩けそうな表情を浮かべながら、クレアの手をさらに握り込んだ。クレアの行動は、合っていたようだ。

 サイファスが嬉しそうなので、クレアもなんとなく気分が弾む。


「クレア、行こう。もうすぐ現場に着くはずだよ」

「ああ、エイミーナを保護するぞ」

「せっかくいい雰囲気なのに……今が非常時であることが、残念で仕方がない……」


 先へ進んだクレアとサイファスは、直後に現場へ到着した。

 木々の向こうに白い人影が見える。もう一人の人間から身を隠しているエイミーナだ。

 クレアたちは足音を殺してエイミーナに近づき、背後からそっと声をかけた。


「おい、エイミーナ」

「……!?」


 驚かせてしまったようで、彼女ははじかれたようにこちらを見た。

 叫ばれないよう、クレアは手を伸ばして、慌てて彼女の口を押さえる。


「落ち着け。俺が来たから、もう大丈夫だ。このまま屋敷に戻るぞ」

「……」


 エイミーナがコクリと頷いたのを見届け、クレアは口元を押さえた手をそっと離す。

 彼女の理解が早くて助かった。

 黒い影は、まだクレアたちに気づいていない。


「クレオ様、私……怖かったの」


 小さな声を出して震えるエイミーナが、ふらりと体勢を崩してクレアにしなだれかかる。

 そんな彼女をしっかり抱きしめながら、クレアは答えた。


「先ほど、お前を探している人間を見かけた。あれは、知り合いか?」

「いいえ、誰かに雇われた者だと思いますわ。私は追われていたんです。眠れずに庭を歩いていたら、どこからともなくその人間現れて、私のあとをつけてきました」


 それで、危険を感じて逃げ出したエイミーナは、こうして木の陰に身を潜めていたという。

 状況を理解したサイファスが、サッとクレアたちに目配せする。


「クレアはエイミーナ嬢と一緒にいてあげて。怪しい奴は私が捕まえてくる。辺境伯家の庭に無断で侵入するなんて許せないよ。こんな場所に立ち入る物好きはいないと思っていたけど、今後は警備をさらに強化しなければ……」


 サイファスは足音を消したまま、器用に走り去っていった。犯人を仕留めるつもりなのだろう。

 残虐鬼なら、万が一にでも、相手を逃がしたりしないはずだ。

 彼の後ろ姿を見届けたクレアは、不安そうなエイミーナに声を掛ける。


「エイミーナ、一度部屋に戻ろう。サイファスなら必ず犯人を倒せる」

「クレオ様は、残虐鬼を信頼しておりますの?」

「そうだな、あいつは俺より強い。そこらの奴じゃ、相手にならないだろうよ」

「……妬けますわ。クレオ様が、あんな男を頼りにするなんて」


 小さくエイミーナがつぶやいた言葉は、突然吹いた風にかき消され、クレアの耳に届かなかった。


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