59:残虐鬼のストーキング(サイファス視点)
翌日、なぜかクレアはエイミーナと街中にデートに行くことになった。
図々しくサイファスの屋敷に居座るエイミーナが、強引に約束を取り付けたのだろう。
非常に不本意だが、単身でやって来た公爵令嬢を放っておけないのも事実。
早急に彼女の実家に連絡し、迎えが来るのを待つことしかできない。早く来い、公爵家。
(仕方がない。少しの間だけ我慢だ)
しかし、サイファスの内心は穏やかではない。
やっとクレアと思いが通じ合うかもというところで、思わぬ邪魔が入ったのだから。
エイミーナは王都でのクレアをよく知っており、二人は思い出話に花を咲かせている。
そこに、サイファスの入り込む隙間はない。
今だって、楽しそうに出かける二人を、物陰から見つめることしかできない。
「サイファス様。悔しいお気持ちはわかりますが、隠れてハンカチを噛みしめながら奥様を見つめるのはちょっと……かなり不審かと。民の信頼の厚い辺境伯のすることではありませんよ?」
背後からは、マルリエッタの冷静なツッコミが容赦なく飛んでくる。
「でも、クレアが心配なんだよ。彼女が心変わりして、王都に帰りたくなったらどうしよう」
「そんなことは……」
「やっぱり心配だ、ついていく! 馬車の準備を……!」
※
こうして、サイファスはデートに出かける二人の尾行を実行した。
気になるのだから仕方がない。
嫉妬の炎に身を焦がしつつ、二人を乗せた馬車を馬で追跡するサイファス。
ちなみに、前の馬車にはクレアとエイミーナ、従者としてアデリオが乗っていた。
それをサイファス、マルリエッタの二人で追う形だ。
「二人はあそこの店に入った。近くで馬車を停めよう」
庶民に紛れる格好で街に出たクレアとエイミーナは、食事処で昼食を頼みつつ話に興じているようだ。クレアは男装姿だった。
近くの席に座ったサイファスは、マルリエッタと共に、クレアたち二人の会話に耳を傾ける。
(それにしても、クレアたちはお忍びに慣れすぎているな。きっと、王都でも度々二人で出かけていたに違いない)
辺境には王都のように洒落たカフェはない。
その代わり昼は食事処、夜は酒場となる店はあり、二人が選んだのは中でも女性が好みそうな小綺麗な店だった。
クレアは男として完璧なエスコートをしている。
「サイファス様。そんな場所で、何をしているんですか?」
ふと声をかけられ振り返ると、背後に呆れ顔のアデリオが立っていた。
姿が見えないと思ったら、離れた席で食事していたらしい。
そうして、めざとく、サイファスたちを見つけたようだ。
「こ、これは……その」
「クレア様を追ってきたんですか? 心配ないと思いますけどね。辺境伯閣下は、案外余裕がないんですねえ?」
口ごもるサイファスに対して、アデリオは容赦がない。なにげに失礼な態度を取られている。
ニマニマと意地悪く笑う慇懃無礼なアデリオに対し、向かいの席にいたマルリエッタが殺気を放った。この二人は、仲が良くない……というか、マルリエッタが一方的にアデリオを敵視している。
「二人とも、喧嘩は止めるんだ。クレアたちに尾行がバレてしまう」
そうこうしているうちに、クレアとエイミーナの会話が聞こえてきた。
話題はエイミーナの婚約についてだ。
「エイミーナ、新しいクレオと上手くいっていないのか?」
「酷いですわ! わたくしにとってのクレオ様はあなただけですのに! あんな男、論外よ!」
「なるほど。エイミーナをここまで怒らせるなんて、クレオの馬鹿は何をやらかした?」
余裕のある態度が男前なクレアと、女々しい自分との落差を目の当たりにし、サイファスはちょっと落ち込む。
そんなサイファスの心を読んだかのようにアデリオが言った。
「クレア様、王都じゃ令嬢にモテモテでしたからね。無自覚で女たらしなんだよなあ。彼女を巡って女同士の醜い争いが各地で勃発していたから。クレア様はクレア様で女心を弄んでいる自覚がないから、それを放置しているし」
「それは……」
なんだか、罪作りな駄目男臭がする。
「そんな中で見事、婚約者の座に収まったのが公爵家のエイミーナ嬢です。婚約発表がされたときは、ショックのあまり寝込んだ令嬢が続出したとか」
凄まじいモテっぷりを発揮しているクレア。
彼女を潤んだ瞳で見つめているエイミーナは、誰もが納得する美少女ぶりだ。
ある意味お似合いのカップルである……断じて認めないが。
眺めていると、エイミーナが躊躇いがちに口を開き、クレアに話しかけた。
「今のクレオ様、自宅に余所の女を囲っていますのよ」
「……! お、女!?」
思いがけない話を聞いたせいで咽せながら、クレアは飲んでいたグラスをテーブルに置く。
中身は十中八九酒だろう。
「女を囲うって? あのクレオが……?」
「現在調査中ですが、かなり親しげなのは間違いありません。まるで昔からの知り合いのようでした。ミハルトン伯爵個人は、そのことをよく思っていませんが、可愛い息子に強く言えないようですの」
「うん、親父はそうだろうな。いつも、クレオに甘いんだ」
サイファスは聞き耳を立て続ける。
その「女」とは、クレアの弟が「クレオ」となる前からの知り合いなのだろうか。
彼らの関係はわからないが、ミハルトン家の屋敷に部外者を置くのはクレアも反対のようで、渋い表情をしていた。
「わたくしはクレオ様に抗議しましたのよ? でも、彼は聞き入れてくださらない。最近は、ミハルトン伯爵にも反抗的な態度を取っておられますし」
「あの野郎。親父にあれだけ可愛がられておきながら、勝手な行動を取りやがって」
「父も、今のクレオ様の態度を良く思ってはおりません。ですが、政略結婚を取りやめる気もないようです。このままでは妾がのさばる家で、わたくしが肩身の狭い生活を強いられることになりそうですわ。そんなの、我慢できません」
「エイミーナをそんな目に遭わせたりしない。今からあいつを絞めに王都へ行こう」
元婚約者という間柄だからか、クレアにはエイミーナに対する情があるようだ。
そして、彼女の言葉から、クレアと弟の関係は良くないらしいと推察できる。
けれど、クレアを単身で王都へ出すのは反対だ。
今、彼女の手を放したら、フラフラと気ままに好きなところへ移動し、サイファスのもとからいなくなってしまうかもしれない。
食事を終えたクレアたちは、今度は街を散歩することにしたようだ。
ルナレイヴの店は王都ほど品揃えが多くないし洗練されてもいない。
けれど、王都では物珍しい商品も多いらしく、クレアはそういう店を中心に回っている。
「……サイファス様、いつまでクレア様の尾行を続けるおつもりですか?」
マルリエッタの視線が痛い。
サイファスたちと分かれたアデリオは、再びクレアの従者として彼女のもとに戻っていった。
お忍びの格好をしているとはいえ、エイミーナの所作は良い家の出であることがすぐに見て取れる。
店の者も彼女には丁寧に接しているようだ。
しばらく買い物を楽しんだ後、クレアたちは広場の片隅にあるベンチで休憩に入った。
エイミーナが買ったらしい荷物をクレアが持ち運んでいる。
二人を観察していたサイファスは、妙なことに気づいた。
少し前から、自分の他にもクレアたちを尾行している者がいる。
クレアも怪しい気配に気づいているようで、エイミーナに何やら耳打ちしていた。
立ち上がった二人は、人のいない路地に向かう。敵をおびき出すつもりなのだろう。
アデリオも二人のあとを追った。
クレアとアデリオが揃っているから問題ないだろうが……
やっぱり心配になったサイファスは、マルリエッタと共にクレアの尾行を続行した。




