53:青髪の第二王子
真夜中、動きやすいドレスを着たクレアは、アデリオとハクを従え敵地……国境を挟んですぐのアズム国の陣地へ乗り込んでいた。
アデリオは隠れていて別行動。
ハクは敵の兵士になりすましている。彼の特技は変装や潜入なのだ。
「うわぁ〜! 俺、辺境伯に殺される!」
などと嘆きつつ同行したハクは元来、面倒見の良い性格なのだ。
それに加え「クレアを手伝った方が手っ取り早く戦いを終結させられる」と踏んだのだろう。
アズム国の指揮官は、国境にほど近い場所に拠点を置いている。
クレアが聞いた話だと、アズム国がルナレイヴにしつこく攻め入る原因は第二王子だった。
ということは、その第二王子をなんとかしてしまえばいい。
それがクレアの考えだ。
第二王子は現在、アズム国側の国境に近い砦に滞在していた。
彼とサイファスたちの両者が、各砦で睨み合っている状態だ。
だが、第二王子自身が国境を越えて再び出てくるのは時間の問題。
サイファスたちが度重なる戦いの原因を取り除けずに苦戦しているのは全部、彼のせいなのである。
だから、クレアの方から接触することにしたのだ。
辺境伯の妻という餌をぶら下げて相手の出方を窺い、隙あらば倒してしまうために。
クレアたちは揃って、砦の入口へ近づく。
すると、砦の奥からお偉いさん風の兵士が出て来てクレアたちを出迎えた。
細身で黒髪の中年男性だ。
実はアデリオが予め、向こうの砦に偽の情報を流していたのだ。
「辺境伯の妻を捕らえたというのは、本当か?」
彼の問いかけに、変装しているハクが頷いてクレアを前に出す。
悪人面のハクは、こういう役がよく似合っていた。
「……こちらです。本人で間違いありません」
クレアは顔を見せないように俯いている。
敵からは怯えているように見えることだろう。「素が出るから、なるべく喋るな」と、アデリオやハクから厳重注意されている。
「なるほど、ご苦労さま。彼女は私が引き取りましょう」
一礼したハクは、兵士にクレアを引き渡し去って行った。
正確には、去ったと見せかけて、天井裏にいるアデリオと合流した。
クレアは兵士の後に大人しくついて行く。
目的の人物と接触する前にボロを出すわけにはいかないのだ。
案内していた兵士は、慇懃な態度でクレアに接する。
「私はアスターと申します。アズム国第二王子の側近です」
「……クレアです」
幼なじみ二人に言いくるめられたとおり、クレアは最低限の丁寧語で対応した。
アスターは「気弱な夫人が敵地で怯えている」と思ったようで、特にクレアを怪しむことはなかった。
そのまま砦の上階にある、第二王子の部屋へ案内される。
クレアは「どんな奴が出てくるのか」と、期待に胸を膨らませた。
そして、現れた人物はクレアの期待を大幅に超えていた――主に外見で。
「第二王子、ゴンザレス・イル・アズム様です」
かしこまったアスターの紹介で現れたのは、全身真っ青で奇抜な格好の王子だった。
まず、髪が青い。根元の色が少し異なるので染色しているのだろう。
そして、髪型がおかしい。
クレアの元婚約者が集めていた「異国のヘアスタイル全集」という本に描かれた「モヒカン」という髪型を彷彿とさせる。瞳は瑠璃色だ。
(ええと、ゴンザ……ゴン? なんだっけ。『青いの』でいいや)
第二王子の外見の印象が強すぎて、クレアは彼の名前を覚えきれなかった。




