50:誘拐犯が見つかった(サイファス視点)
夜――サイファスは一人机に向かって仕事をしていた。
昼間にクレアやアデリオが倒した男たちは、隣国の密偵だったのだ。
クレアが狙われたのは、輿入れ、買い物時、訓練中の三回。
まだ狙われ続けていると見て、間違いないだろう。
今日捕らえた者たちの供述によると、二回目と三回目の犯人は同一人物だ。そして、身近にいた。
訓練中にクレアを襲った相手は、前に来た者と違い、すぐ口を割ったのだ。
失敗続きに焦り、なりふり構わずの人選をしたのかもしれない。
「……レダンド子爵か」
先の戦で新人兵に大きな犠牲を出し、部隊の金を横領した元第十部隊隊長である。
サイファスに殴り飛ばされた後、彼は屋敷で謹慎中というか軟禁状態。
力のある貴族の息子なので、勝手に殺せないのだ。
王都にいる彼の保護者には連絡済みだが、受け取りを拒否されたので任期を終えるまで王都に返せない。
(身内の受け取りって、拒否できるものなの!?)
彼は向こうでも鼻つまみ者で、訓練を理由に辺境へ厄介払いされたクチだった。
けれど、自分の行動を改めることなく、毎日逆恨みから周りに迷惑ばかりかけている。
そんなレダンドは、今度はサイファスへの腹いせにクレアを付け狙っていた。
サイファスも彼をどう扱うべきなのか判断しかね、困り果てている。
とりあえず、砦にある囚人向けの地下牢へ移動させ、誰とも面会できないようにした。
これ以上、余計なことをされては迷惑だ。
まさか、そんな扱いを受けるとは思ってもみなかったのだろう。
今になって、レダンドは泣き叫び始めたが知ったことではない。
甘えた考えを捨てさせるいい機会だ。
(本当に……殺されないだけマシだと思って欲しいな)
クレアを狙うような男を、本来ならサイファスは生かしておかない。
今回は彼の親の顔を立てたが、次に同じようなことが起これば誰が止めようと、サイファスはレダンドを葬り去るつもりだった。
「私はお前を許す気はない」
そう告げたサイファスは、地上に向かう階段の手前にある、重い鉄の扉をゆっくり閉じる。
暗闇に取り残されたレダンドの表情は絶望に満ちていた。
※
その後、サイファスはクレアにこのことを話すか逡巡した。
だが、迷いながらも、サイファスはクレアに真実を話そうと決める。
愛する妻に残酷な事実を告げたくはないが、彼女の性格からして嘘を教えても納得しないだろうと思ったのだ。
クレアは事情をある程度分かっていたようで、特に驚きもなく事態を受け入れた。
逞しく頼もしい妻だが、繊細なところもある。サイファスはクレアが心配だった。
本人は無自覚だが、ずっと気を張り詰めて生きていたのだろう。
それほどに、クレアの人生は過酷だ。
だからサイファスは、これからは自分が彼女の心を守ろうと決意している。
(そういえば……昨日から、クレアの様子がおかしいけれど。どうしたのかな)
彼女はなんとなくサイファスを避けている。だが、理由が思い当たらなかった。
(クレアの瞳から嫌悪感は感じられないし)
嫌われているというよりは、むしろ好……
(もしかして。いや、まさかな)
意識してもらっているなどと考えるのは、思い上がりだろう。
サイファスは自分を戒める為に、ゴンゴンと執務机に額をぶつけた。
その様子を、ちょうど仕事で部屋に入ってきたマルリエッタが、奇妙な生き物でも見るような目で眺めていた。




