49:新たな人攫い、ボコられる
その日、クレアは鬼気迫る勢いで新人指導をしていた。
先日起こった諸々の出来事を頭から消し去るためだ。
(サイファスに――キスされた!)
涙を見られただけでも恥だというのに、頬に口づけられ柄にもなく動揺してしまった。
情けないことこの上ない。
なんで、あんな状態で涙が出たのかは、未だにさっぱりわからなかった。
(俺……昨日からなんか変だ)
そもそも、クレアは他人のキスごときで戸惑うような神経は持ち合わせていない。
クレオ時代の婚約者にも散々されていたし、子供時代は悪ふざけでアデリオにキスしてからかったりもした。
たかが唇をくっつけるだけの行為。クレアにとって、キスとはその程度のものだったのだ。
けれど、相手がサイファスだというだけで、冷静に対処できなくなっている。
まともに彼の顔も見られない有様だ。
何がどうなっているのか……クレアは自分で自分が理解できない。
とりあえず、冷静になるため彼と距離を取っていた。
とばっちりを受けた新人たちは、いつも以上にハードな訓練を受け悲鳴を上げている。
だが、実践的な戦闘は役に立っているようで、彼らはめきめきと力を付けていた。
他の隊から「うちに新人を寄越してくれ」と、オファーも来ている。
ついでにクレアやアデリオにも「新人卒業後も働かないか?」というお誘いがある。
主に諜報関連の第七部隊から……
元六十八番のハクは、まだ諦めていなかった。
訓練を続けていると、見慣れない覆面の男たちが大勢やって来た。
第十部隊の訓練場所は砦の外れにあるので、外部の人間が入ってきてしまうことがある。
大抵は近所の暇な老人だったり、アデリオに熱を上げるお嬢さん方だったり。
王都でもそうだったが、中性的な顔のアデリオは女性にモテる。
しかし、今回現れた男たちは、どうもそういう手合いではない。
「なあ、アデリオ」
「クレア、あれは本職だね」
「……だよなあ」
クレアとアデリオは互いに目配せした。
「辺境伯夫人だな」
男の一人がクレアに呼びかける。
訓練中は他の兵士と同じく動きやすい服を着ているが、マルリエッタがクレアの髪を可愛らしいリボンで結んでいる。
だから、この中で「女性である」と判断されたのだろう……とクレアは思った。
「我々と共に来て貰おうか」
同じような手合いは前にも現れている。
マルリエッタと買い物に行った日の帰り、馬車が襲われた。
敵は、クレアを攫おうとしていた。
相手は「辺境伯への人質だ」と口にしていたが、妻を攫う以外に作戦はないのかと言いたくなる。
情けない奴らだ。
「行くわけねーだろ」
クレアは新人たちに下がるよう指示し、アデリオと前へ出た。
じりじりと距離を詰める男たちは、強引にクレアを手に入れようと襲いかかって来る。
……が、数分後にはクレアやアデリオの持っていた木刀でボコボコに返り討ちにされ、全滅した。
「馬車を襲ってきた奴より弱えなあ」
「質より数で攻めてみたんじゃない?」
「とりあえず、サイファスに連絡するか」
連絡役としてボルドが走っていく。
そうして、連絡を入れてすぐに、サイファスが訓練場へ駆け込んできた。
「クレア! クレア、大丈夫かい!?」
周囲を気にすることなくクレアの手を取る辺境伯を見て、新人たちはあんぐりと口を開ける。
「……俺、辺境伯の趣味がわからねぇ」
「僕も」
ガガとポポが複雑な表情を浮かべていた。
訓練しているうちに彼らはクレアの正体を知ったが、未だ鬼隊長が辺境伯夫人だと信じられずにいたのだ。




