45:辺境伯夫人の部隊巡り
数日後、朝から不満げな新人兵士たちの姿があった。
クレアはサイファスに、他の部隊の訓練も新人に受けさせたいと提案したのだ。
まずは、第九……補給や雑務を主な役目としている部隊のもとで仕事内容を学ぶ。
「なんだよ〜! 補給部隊なんて、入る気ねえっつーの!」
さっそく生意気なことをぬかすガガに、クレアは横からドロップキックをかました。
付き合いの良いアデリオも一緒だ。
「何を言っている、補給なくして戦は成り立たない。補給を担う第九部隊は最重要部隊だ。今回は彼らの訓練に参加して動きを覚えてもらう」
クレアは第九部隊の隊長にバトンタッチした。
「始めましてっス! あたしは、第九部隊の隊長やってるアニーっス!」
元気良く挨拶した隊長は、アニーという名の小柄で短い藁色の髪をした気さくな女性だ。
「数日で出来る訓練には限りがあるっスけど、とにかく戦場で補給部隊が動きやすいよう、流れを覚えてもらうっス。効率的にお仕事したいっスからね、辺境伯夫人」
怪訝な顔のガガたちを放っておいて、クレアはアニーに頼んだ。
「ああ、よろしく。こいつらには、全部隊の動きを把握してもらうつもりだ。全体の流れを理解した方が後々役に立つ」
「完全同意っスね! 他の部隊が効率的に動いてくれたら、うちも助かるっス!」
新人たちは厳しく指導され、クレア自身はルナレイヴの補給部隊の活動内容や動きを頭に叩き込む。
補給部隊だけでなく、クレアは新人たちに全部隊を経験させた。
第九部隊で訓練した後は、第二から第六の戦闘部隊を数日おきに回る。
そして、第八部隊の医療チームの仕事も見学させてもらった。
案内をしてくれる、一見ニコニコして優しそうな中性的な美青年は、第八部隊の隊長だ。
砦での彼は、外見にそぐわず白衣の悪魔として恐れられていると聞く。
命を握る彼に逆らえる者は兵士の中でも少数らしい。
最終日は第七部隊だ。ただし、ここは諜報部隊でもあるので、体験できることは限られている。
ここの隊長は、クレアの大立ち回りの際も顔を見せていなかった。
まだ、謎に包まれた部隊である。
しかし、現れた隊長の顔を見て、クレアとアデリオはあんぐり口を開けた。
過去に見たことのある顔だったからだ。
「お、お前! 六十八番!」
クレアは驚きながら声を上げる。アデリオは口を開けたまま静止していた。
結論から言うと、第七部隊の隊長はクレアが過去にいた密偵組織の仲間だった。
どういう経緯でルナレイヴへ来たのかはわからないが、比較的仲がよい相手だったので、クレアは懐かしい気持ちに包まれる。
「七十七番と八十番じゃねえか!」
向こうも懐かしそうに、そしてやや気まずそうに声を上げた。
彼もこのような辺境で過去の知り合いに出会うとは思っていなかったのだろう。
かつてクレアのいた密偵組織では、子供たちに番号が付けられていた。
クレアは七十七番。
ちょうど七十七番目に組織へ来た子供だったので、そういう名前になった。
そして、アデリオは八十番だった。
アデリオに名前があったのは、彼が保護者から直接売られた子供だったからだ。
彼は組織に来る前のことを詳しく話さないが、貧しい農村の口減らしだろうとクレアは思っている。
よくある話なのだ。
六十八番は子供たち全体の兄貴分のような存在で、クレアはミハルトン伯爵に引き取られる際に彼も誘った。
断られたが、それくらいクレアたちとつるむ機会の多い仲間だった。
まさか、こんな場所で出会うとは思わなかったが。
つかの間の再会を喜んでいたクレアだが、しばらくして我に返り、つかつかと六十八番の前に立ちはだかる。そうして、大柄な彼を下から睨み付けた。
「お前……ルナレイヴに潜り込んで何やってんだ。どこの差し金だ?」
六十八番のことは気に入っていたが、密偵としてルナレイヴに潜り込んでいるのだとすれば、それを放っておくことはできない。
万が一、六十八番がルナレイヴに害を及ぼす存在なら、サイファスたちを守るため、クレアは彼を止めるつもりだった。
詰め寄るクレアを、六十八番は慌てて遮った。
「潜入の仕事じゃねえよ! 俺、残虐鬼にここで雇われているんだって!」
「サイファスに? 信じられないな」
昔の仲間と言い合いをしていると、ちょうど話に出ていたサイファスがやって来た。
仕事が早く終わったようだ。




