40:エリート隊長は職場を守る(ミハイル視点)
ミハイルはイライラしながら木刀を構えていた。
このクソ忙しいときに、くだらない茶番に参加させられて納得がいかない。
サイファスは何を考えているのか。
不満を飲み込むように唇を噛みしめる。
(結婚してから、あの方は変わってしまったのか?)
以前のサイファスは、ミハイルの憧れの人物だった。
十代の頃から負け知らずの武人で歴戦の英雄。芸術のような剣技。
尊敬するサイファスと一緒に戦いたくて、王都にいる高位貴族の二男だったミハイルは、別の土地からルナレイヴに移住したのだ。
父の爵位を一つもらい、今は子爵を名乗っている。
地位だけのボンボンだと思われないため、誰よりも努力して第一部隊の隊長に上り詰めた。
今の自分に誇りを持っていたし、他の隊長にも同じ力量を求めていた。
しかし、血迷ったサイファスは、深窓の貴族令嬢を隊長にするなどと言う。
実力のない人物を飾りの地位に置いたせいで悲劇が起こったばかりなのに、新人部隊にあれだけの被害が出たのに……どうして同じことを繰り返すのか。
そう考える隊長は、ミハイルだけではないはずだ。
「ちょっとぉ、サイファス様。大丈夫なの? あれだけ溺愛していた奥様をミハイルと対決させちゃって」
第三部隊の隊長が、サイファスの真意を窺っている。
守りを得意とする第三部隊の隊長は、サイファスと同年代の女性だ。
彼女ほどの実力者ならともかく、普通の令嬢に兵士が務まるはずがない。
しかし、サイファスは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「うん。クレアはマルリエッタより強いから、いい勝負になるんじゃないかな?」
「えっ……?」
顔を上げた第三部隊隊長は、驚きの目でサイファスを見ていた。
侍女のマルリエッタは各部隊の副隊長と同等の力を持ち、今は辺境伯家で働いている。
辺境の貴族である彼女は、幼い頃から武術の訓練を積んできた。ただの令嬢がマルリエッタに勝つなんて不可能だ。
当の辺境伯夫人は、木刀を肩に担ぎながら「早くやろう」と催促してくる。
仕方がないので、怪我をさせない程度に負かしてやることにした。
遊び半分で職場を乱されては適わない。
「ああ、わかった。始めるとしよう」
互いに木刀を構えて正面から向き合う。
そうして、サイファスが試合開始の合図を出した。




