38:不良令嬢、新しい仕事を始める
数日後、クレアはなぜか辺境伯の屋敷の全取り引きの見直しを行っていた。
「おい、お前ら……どんだけ屋敷の帳簿を持ってくる気だ……?」
商人を追い返した一件のあと、クレアは屋敷の諸々の業務まで頼まれるようになってしまったのだ。
遠慮を知らないサイファスとマルリエッタ、そしてセバスチャン。
クレアだけでなく、アデリオまで体よく使われている。
ルナレイヴは人手不足のようだ。
使用人一同からは「絶対に逃がすまい」という、サイファスとは別の圧が感じられた。
サイファスの仕事部屋の一部を借り、ひたすら帳簿を確認していく。
クレアは充実した日々を送れているが、アデリオは仕事が増えて嫌そうだった。
任されている主な仕事の大部分は、サイファスたちの手が回らない部分をフォローする内容である。
サイファスは前線に出たり忙しいので、細々とした屋敷の仕事が後回しになりがちだった。
これまではセバスチャンがフォローしていたが、彼も老齢で全部の仕事を回すのがしんどくなってきている。つい最近まで体調を崩し療養していたそうだ。
優秀な使用人たちはいるが、細かな実務の出来るセバスチャンの後任はおらず、辺境伯家では人選に苦労していた。そこに降って湧いたのがクレアの存在だ。
質の悪いものが高値で取引されていないか確認したり、まとめ買いで料金を下げたりと、早くもクレアは辺境伯家の財政管理の一端を担っている。
「……おい。本当にこれ、全部俺がやっていいのか? 辺境伯家の根幹に関わる内容だぞ」
自身に振り分けられた仕事に未だ疑問を感じているクレアは、部屋を訪れたサイファスに詰め寄って尋ねた。
「強制的にやれなんて言わないよ。本来の辺境伯夫人の業務ではないし……」
言いたいことは、それではない。
「聞いたのは、部外者が辺境伯家の帳簿に手を出していいのかってことだ」
「クレアは我が家の一員で私の妻だから全く問題ない」
サイファスは即答した。守秘義務やら何やらも気にならないようだ。
クレアの能力が明るみに出たあと、マルリエッタを始めとする「辺境伯の結婚生活応援部隊」は更に増えていた。
セバスチャンや彼の率いる使用人もいつの間にか参加している。
「クレア……余裕そうだね。仕事を回した私が言うのもなんだけど、無理をしない範囲でいいからね。暇なときだけ、少しずつでいいんだよ?」
「クレオのときの業務量の一割以下だ。ついでだし、新人兵士の訓練も見てやろうか?」
「荒事にクレアを参加させるなんて出来ないよ! もともとルナレイヴの兵士たちは血気盛んだし、そんな中に君を放り込む訳にはいかない。その身に何かあったら……」
「あのな、サイファス。俺は軍勢を率いて戦に出た経験もあるんだ。それも一度や二度じゃない。ガキの頃から密偵としても仕込まれてる」
「でも……」
「何も砦を仕切るなんて言っていない。新人の指導くらい任せてみないか? どうせ、戦場で問題を起こした元隊長とやらはクビなんだろ?」
クレアは食い気味に訴えた。
理由はなんでもいい。
もっともらしいことを口にしているが、クレアは単に体を動かしたいだけだった。




