35:悩み多き辺境伯(サイファス視点)
クレアとのデートを終えた翌日の朝、サイファスは仕事部屋に一人籠もっていた。
妻を引き留める方法を悶々と考えていたのだ。
彼女の好物を使い、領地を気に入ってもらう作戦は今のところ成功している。
クレアが酒好きという情報はマルリエッタから聞いた。
しかも、度数が強く辛いものを好むという。
令嬢の気に入りそうな度数が低く甘いものを多数用意していたが、それらはサイファスが飲むことになりそうだ。
残虐鬼などと呼ばれているが、サイファスは甘いものが好物だった。
ちなみに、いくら酒を飲んでも酔わない体質で、度数の強い酒も平気である。
(一昨日は気が動転し、辺境伯としてあるまじき行動を取ってしまった)
昨日のデートで少し挽回できた気がしないでもないが、クレアに嫌われていたらどうしようと内心気が気でない。
薔薇だってピンク色を渡すつもりが、勢い余って黒色を渡してしまうという大失態。
本心がダダ漏れ過ぎだ。
「ああ、渡した黒薔薇が、『憎しみ』の意味だと思われていたらどうしよう」
机に突っ伏して嘆くサイファスに、冷静な声が掛かる。
「サイファス様、ウジウジ悩んでいても仕方がありませんよ。幸い、クレア様は黒薔薇の花言葉自体を知らないご様子。普通に部屋に飾っておられましたので、ご心配なく。こんな場所にいるより、彼女とお過ごしになってはいかがです?」
クレアの読み終えた本を戻しに来たマルリエッタが、呆れた目をサイファスに向ける。
兄妹のように育ってきたため、他人の目がないときのマルリエッタはサイファスに気安い。
ずけずけと核心を突く発言をすることも日常茶飯事だ。
「それにしても、クレアは実務的な本ばかり選ぶね」
「何も見ていないようで、ちゃっかりクレア様の借りた本をチェックしているところが、なんとも偏執的です」
「ち、違う、それは……!」
「なんにせよ、私はサイファス様を応援しております。以前婚約された方の中には、意地の悪いご令嬢もおりましたが、クレア様はその点全く問題ありません。あれだけ強ければ自衛もできますし、勉強熱心ですし、理想的な花嫁です。ルナレイヴのためにも彼女を逃す手はありません!」
マルリエッタの援護は頼もしいが、圧も凄まじい。
二人で話をしていると、辺境伯家執事のセバスチャンが駆け込んで来た。
高齢のベテラン執事である彼は、サイファスが生まれたときから家に仕えている。
「た、大変です! サイファス様……クレア様が!」
クレアの名を聞いた途端、サイファスが立ち上がった。
「どうしたんだ!? クレアに何かあったのか!?」
慌ててセバスチャンを追うサイファス。二人に続くマルリエッタ。
そんな三人が辺境伯家の玄関先で見たものは、出入りの業者に絡むクレアの姿だった。




