33:黒薔薇の花言葉
あのあと、「とにかく屋敷へ戻ろう」と二人に急かされたクレアは、誘導されるがまま部屋へ連れ帰られてしまった。
結局、家出は失敗に終わったのだ。
それからというもの、自室の外にはマルリエッタが牢屋番のごとく仁王立ちしており、常にクレアを見張っている。
今だって、もう夜だというのに彼女が去る気配はない。
「やられたね、クレア。だから言ったんだ、残虐鬼を見くびらない方がいいって」
天井裏から下りてきたアデリオが、責めるような視線をクレアに向けた。
全部自分の失態だとわかっているので、クレアは反論できずにいる。
「なあ、アデリオ。サイファスの奴……マジで俺に惚れてんのかな?」
「今さら俺に聞かないでよ。そこの花瓶の花を見れば、一目瞭然でしょ? 怖いくらいの執着具合だよ」
ベッドの脇にあるチェストの上には、一本の黒い薔薇が飾られていた。
サイファスがクレアに渡し、マルリエッタが花瓶に挿した花だ。
「黒い薔薇の花言葉、知らないの? 貴族の端くれなんだから、それくらい覚えれば?」
「そんなもん、覚えなくたってやっていけるんだよ」
「そうだね、以前の婚約者はクレオにベタ惚れだったから、プレゼントに何の花をあげても喜んでいたものね。黒い薔薇の花言葉は『恨み』と『憎しみ』だよ」
思いのほか酷い花言葉にクレアは思わず叫ぶ。
「なんじゃそりゃ! サイファスの奴、やっぱり俺のことを怒って……」
「というのは冗談で、俺は別の意味のほうだと思ってる。黒い薔薇には、『あなたはあくまで私のもの』、『決して滅びることのない愛』、『永遠』っていう意味もあるんだ。しかも一輪だから『一目惚れ』、『あなたしかいない』という意味も……」
「重っ……!」
「クレアの気持ちがどうであれ、向こうは簡単にあんたを逃してくれる気はなさそうだよ。厄介なのに目を付けられたね。俺にも今のところ打開策はない」
複雑な表情のアデリオは長いため息を吐いた。
「アデリオ……俺に呆れたか?」
「まあね。でも、それがクレアだから慣れたよ」
遠くを見つめ始めた彼は、どこか疲れているようだった。




