31:不良令嬢、白状する
「サイファス……?」
「やあ、クレア。一人で出て行ってしまうから、少しびっくりしたよ」
「悪かった。せっかく副官に紹介してもらったのに」
「知り合いだったみたいだし、私の紹介は必要なかったね?」
何気ない彼の言葉が、チクチクと刺さる。
(わざとなのか……?)
サイファスは、笑顔のまま言葉を続けた。
「君を責めているわけじゃないんだ。ただ、クレアに聞きたいことがあって」
目の前に、見覚えのある袋がドサリと置かれる。
それが何か気づいたクレアは、驚いてサイファスを見上げた。
「これ……」
「あのあと、君の部屋のベッドの下で見つけたんだ。この袋は何かな? こんなものを用意して、どうするつもりだったの?」
問いかける形だが、きっとサイファスは中身を確認しているだろう。
このあとのクレアの行動も予測しているに違いない。その上で質問している。
「もう一度言うけれど、クレアを責めているつもりはないんだ」
「いやいやいや、どう聞いたって責めているだろ!」
袋の中身は、クレアが屋敷を出て行くために纏めていた荷物だった。
サイファスは、あのやり取りだけで何かに気づき、クレアの部屋へ赴き、この袋の発見に至ったらしい。恐ろしい洞察力である。
(残虐鬼、侮れないな。アデリオが言ったとおりだった……)
クレアはサイファスを甘く見ていたことを後悔した。
もともと、クレアは早々に屋敷を立ち去ろうと決意していた。
ダレンの誤解や、サイファスに真実を知られたこともまた、そんなクレアの背を押した。
全部、サイファスやルナレイヴの人々に迷惑をかけないための行動である。
なのに、今のように批難する目で見られ、クレアはちょっと納得がいかない。
ちゃんと「辺境伯が花嫁に振られた」という形でなく、「悪い花嫁が原因で辺境伯は被害者」という噂を流して出て行く予定だったのだ。
サイファスだって、欠陥花嫁のクレアが出て行った方が都合がいいだろう。
出来れば、もう少しだけ気づかずにいて欲しかった。その方がきっと上手くいった。
全ては後の祭りだが。
「ねえ、どうなの? 答えて」
詰め寄るサイファスに腕を取られ、クレアは逃げ出す機会を失う。
サイファスの目は、今まで見たことのないような鋭い光を放ち、クレアを見据えている。
クレアはそんな彼の態度に、残虐鬼の片鱗を見た。
「クレア、教えてくれるまで放さないよ」
「……」
サイファスは本気だ。
このままだと、夜まで……いや朝になっても今の状況が続くだろう。それは困る。
観念したクレアは、彼に事実を告げることにした。
「サイファス、お前が考えていたとおりだよ。俺は今日か明日には、この屋敷を出て行こうと思っていた」
「……どうして?」
クレアの行動の意味を予測していたというのに、サイファスは酷くショックを受けた様子を見せる。彼の声は震えていた。
「それが、一番いいと判断したからだ。このルナレイヴの地にとっても、辺境伯家の奴らにとってもな」
苦い気持ちを抱きながら、クレアは正直に答えた。
明るい日差しを受けた庭に、気まずい沈黙が落ちる。薔薇の茂みの前で、クレアは俯きながら話を続けた。
「俺は伯爵令嬢として欠陥品だ。血筋以外、まがい物と言われても仕方がない生き方をしてきた。辺境伯の妻に相応しくない。最初から、ここへ来るべきではなかったんだ……すまない」
クレア自身、冷静になってみればわかる。
ずっとここで生活していくつもりだったなら、中途半端な芝居を打ってはいなかっただろう。
命がけで、完璧な令嬢になりきっていた。
そうしなかったのは、いつでもここを出て行く気があったからに他ならない。
きっと、どこかで正体がばれてもいいと思っていた。
投げやりだったのだ。
「それで、クレア……君はここを出てどこへ行くつもりだったの?」
「決めていない。外国を旅しようかと考えてはいたけどな」
「外国……」
サイファスはショックを受けながら、呆気にとられてもいる。
彼はクレアの腕を掴んだまま訴えた。
「ねえ、私の何がいけなかった?」
「サイファスはどこも悪くねぇよ。全面的に俺が悪い」
だが、サイファスはクレアの言葉を信じていないようだった。
縋るような目を向け、ここから逃がすまいとクレアの背にも腕を回す。
予想外の行動に出られてクレアは動揺した。
罵倒されるとか、罰されるとかならわかるが、抱きしめられるとは思わなかった。
「クレア……だったら、ここにいればいいんだ」
「へっ?」
意図せず変な声が出たクレアは、顔を上げてサイファスを見つめる。
サイファスは切々とクレアに訴え続けた。
「どこへも行かず、私の傍でこのまま暮らす選択肢はないの?」
責めるように問いかけられ、クレアは戸惑った。
サイファスの考えがわからない。
「……なんでそうなる?」




