21:夫の悩み事相談
クレアとサイファスは二人、マルリエッタの運んできたお茶を飲みながら話しに花を咲かせた。
そうしているうちに、クレアはあることが気になり始める。
よく観察すると、サイファスがいつもより僅かに沈んでいるように見えたのだ。
はっきりとはわからないものの、クレアはそんな風に感じる。
案内をしているときの彼は心から楽しそうだったが、ふとした瞬間に表情が曇るのだ。
「なあ、サイファス。仕事で何かあったのか?」
「えっ……」
不意を突かれたようにサイファスが振り向く。
「な、なんでそう思ったの?」
「今日のサイファスは、どこか無理をしているように見える。思い違いだったらすまない」
「……クレア」
青い瞳が揺れている。確実に何かあったのだとクレアは悟った。
「……なんでもないよ」
「何でもない顔じゃない。ここで吐いちまえよ。どうせ、お前の立場じゃ愚痴を言える相手もいないだろ。だったら、仕事に関わりのない妻に話せばいい」
クレオ時代の自分も周囲に弱みを見せられない立場だった。クレアにはアデリオがいたが、サイファスにはそんな相手がいない。
強引に迫ると、サイファスの頬がますます紅潮する。
「クレア、君は……」
「いいから、さっさと吐け!」
首根っこを掴んでサイファスをソファーに押し倒すと、彼は慌てて赤くなった顔を逸らせた。
「君、大胆だね」
「そうか? よく言われる」
ニヤリと笑うクレアを見て、サイファスは諦めのため息を吐いた。
「可愛い妻に聞かせられるような内容じゃないんだ。戦場でのことだから」
「昨日の戦?」
「うん。私のミスで犠牲が出てしまった」
ポツリポツリと話すサイファスは、相当思い悩んでいる様子だった。
犠牲というのは、あの戦闘で亡くなった新人兵士たちのことだろうとクレアは当たりを付ける。
「あのな。人間は完璧じゃないし、出来ることに限度がある」
「……」
「起こったことは元に戻らない。同じことを起こさないように対策するしかない」
小さく息をついたクレアは話を続ける。
「思うに、お前は一人で仕事を抱えすぎで余裕がない。だから細部まで把握できていない。だったら、信用できる奴に業務を振ればいいだろ。適任がいないのか?」
「…………」
サイファスは目を丸くしてクレアを見た。
「ちょうどいい相手が思い浮かばないなら……ええと、あいつはどうだ? 今回活躍して新人を助けたっていう隊長」
「クレア、どこでそんな話を知ったの?」
「……風の噂で」
サイファスはじっとクレアを見つめた。
居心地が悪くなったクレアは、あからさまに彼から目をそらす。
アデリオのこともそうだが、サイファスは何もかもを見抜いているのではないかと錯覚しそうになるのだ。
「クレアの言うとおり、そろそろ副官を決めていいかもしれないね。細部を監視する騎士も別で必要になりそうだ」
「ああ、そうしろ。話を聞くだけなら俺にも出来るぞ」
「……ありがとう、クレア」
少し身を起こしたサイファスの腕が伸び、クレアの背に回る。
そっと抱き寄せられたクレアは体勢を崩し、押し倒されていた体勢のサイファスの上に倒れてしまった。
「サイファス、重いだろ? この腕を放してくれ」
それでもサイファスは腕をほどく様子はなく、クレアを抱きしめ続けていた。




